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うさちゃんと辰郎くん
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 放課後、約束通り付属の大学の学食に行った。
 辰郎君は何度か来たことがあるけれど、僕は初めてだった。
 キョロキョロしながら辰郎君の後に付いていく。制服を着ているから、僕たちが高校生だってことは丸わかりだけど、僕らの他にも制服の子はいたし、学生たちも別にいつものことだと気にとめる風でもなかったので、気が楽だった。
 制服を着ていても、身体の大きい辰郎君は堂々としていて、それに格好いいから、周りの人がちらちらと僕たちを見ているのが恥ずかしく、少し自慢だった。僕が自慢することでは全然ないんだけど。
 辰郎君が連れて行ってくれたのは、外の面したところが、全面ガラス窓の、明るくて綺麗なカフェテリア風の食堂だった。別の棟にも食堂があって、質より量を重視する食堂とここと、辰郎君は使い分けているそうだ。
 辰郎君がなんでもいいよって言ってくれたから、僕はハンバーグのAランチを頼み、辰郎君はボリュームランチっていうのを頼んだ。
 そしてマルガリータはカレーセットを食べていた。
 結局エロビ鑑賞会を前の席の染谷君に持ちかけたけど断られ、僕たちと一緒に勉強会に参加することになった。
 僕に奢ると約束していた辰郎君は、結局マルガリータの分も買ってあげて、代わりにマルガリータはドリンクを奢ってくれた。マルガリータは僕に飲み物を奢り続ける運命にあるらしかった。
 太陽の光の射す明るいカフェテリアでランチを食べる。僕は付属であるこの大学には進学しないけど、辰郎君とマルガリータはこのままここに進むらしい。
 再来年は制服を着ていない辰郎君が、ここでこうやって食べているんだなって考えると、今ここに僕と一緒にいることが不思議で、嬉しかった。
 部外者にも入室が許されている図書館へ行き、学生らしく教科書とノートを広げて試験勉強をする。
 閲覧スペースの隅に、ゆったりとした大きなソファがあって、トイレに行ったまま帰ってこないと思っていたマルガリータがそこで寝ていた。とても気持ちよさそうに寝返りを打っていたので、放っておくことにした。
「マルガリータ、寝てた」
 僕が報告すると、辰郎君は笑って「しようがねえなあ」と言った。
「飯食って眠くなったのか。幼児かよ」
「寝返り打ってたよ」
「寝るなら家で寝ろよ。わざわざここ来ないで」
「そうだよね」
「せっかくのデートだったのにな」
 辰郎君がさらりと「デート」って言葉を口にして、僕はシャーペンを持っていた手が一瞬止まってしまったけれど、知らない振りをして、下を向いたまま、また動かした。
「な。うさちゃん」
 僕が反応しないので、辰郎君は隣りに座って問題集を解いている僕の顔を覗き込んできて、そう言った。
 尚も僕が黙っていると、辰郎君は僕の問題集の端っこに落書きをし始めた。
 大きな手で、こちょこちょと落書きをして、出来上がったのはちっちゃいうさぎの絵だっが。
 辰郎君は絵が苦手らしく、それは耳が長いっていう特徴だけでうさぎと判別出来るようなものだったが、僕に「似てる?」ってきいてくる。
 長い耳を付けた丸い顔に、またちっちゃく眼鏡を描いている。
 不格好なうさぎに僕が笑ったら、調子に乗った辰郎君は、うさぎの隣りにまたなにやら描きだした。
 横を向いただるまが万歳をしたような、へんな絵だった。
「これなに?」
「ミジンコ」
 眼鏡うさぎの方を向いて、万歳をしているミジンコが可笑しくて、僕は肩を振るわせて笑った。
「な。似てる? 可愛いだろ?」
 辰郎君は自分の描いたイラストが気に入ったらしく、僕の問題集はだるまミジンコが何匹も書き足されていった。
 増えていくミジンコの一匹の背中に、小さな丸を付け足した。
「なに? これ」
「オオミジンコって、背中に卵を七つ持ってるんだよ」
「へえ」
 感心しながら、今度は余白のところに大きなミジンコを描いている。
「七つって、ドラゴンボール?」
「卵だよ」
 大きなミジンコの背中に付けた卵のひとつひとつに矢印を付けて「愛」「勇気」と注釈を付けている。
「あとなに背負わせようか」
 背中に愛や勇気を背負ったミジンコがあまりにも可愛くて、僕が肩を振るわせて笑っていると、辰郎君は「しー、ここは図書館です」と、自分もフルフル震えながら注意してきた。


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