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うさちゃんと辰郎くん |
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「見せてくれるって約束だろ?」 「うん。言ったけど……辰郎君」 「早く見せてよ」 辰郎君が理科室の暗幕を引いた。 外は小春日和っていう表現がぴったりの、暖かい日差しが射しているのに、教室は薄暗い雰囲気に包まれる。 パチリ、と教室の電気も消され、暗さになれない僕の目が一瞬闇に包まれた。 「電気まで消さなくていいから。マルガリータ」 「あ、そなの?」 「真っ暗にしちゃったら何にも見えなくなるじゃないか」 僕にそう言われたマルガリータが素直にまた教室の電気を付けた。 「辰郎君もわざわざ暗幕引くことないから」 「えー。でも雰囲気出したいじゃん」 ミジンコを見るのに雰囲気はいらないと思う。 せっかく見てもらうんだから、可愛らしい彼らをしっかりとみてもらいたかった。 理科室に並んだ大きな机の一つに顕微鏡を持ってきて準備をする。 倍率を合わせて置いてあるのに、僕が水槽のある所に行っている間にマルガリータが自分の髪の毛を見たいといってまた弄ってしまった。 「適当なことしないで。貴重な備品なんだからね。壊さないでよ」 シャーレに水を入れ机に近づきながら叱ったら、マルガリータはウケケ、と何が嬉しいのか変な声を出して笑った。 顕微鏡の側においたシャーレからスポイトで吸い上げた水をプレパラートに垂らし、レンズの下に滑り込ませる。 顕微鏡を覗きながら、もう一度倍率の調整をして、ガラス板の中で泳ぐ彼らを捜す。 いた。 彼らは今日も元気に動き回っていた。 「いる? なあ、見える?」 顕微鏡を覗いたままの僕がにやりと笑っているのを見た辰郎君が、待ちきれないというように、はしゃいだ声を上げていた。 見たい見たいと僕のすぐ側まで寄っている辰郎君の顔が、一緒に覗きそうな勢いで近づいている。 ……顔、近いんですけど。 耳に辰郎君の息が掛かってくすぐったい。 どうぞと場所を空けて、子どものように目をきらきらさせて待っている辰郎君に僕たちのミジンコを見せてあげた。 「何も見えないよ?」 レンズを覗いた辰郎君が焦った声を出している。 「じっと待ってて。横切っていくから」 「わっ、出た! わ、わ、泳いでる泳いでる。ああ、通り過ぎた!」 スポイトで作った小さな水たまりでミジンコが忙しそうに泳ぐ姿に、辰郎君は声を上げて喜んでくれた。 「すげー。可愛い」 「でしょ? 可愛いんだよ」 前に僕に見せてくれた「辰郎素敵ミジンコ」には劣るけど。 「俺も見たい、俺も見〜た〜いい〜〜!」 横でマルガリータがうるさい。 だいたい僕と辰郎君との約束だったのに。 なんでマルガリータが付いてくるんだよ。 「なあ、もっと水落としたらうじゃうじゃ見れるんじゃね?」 マルガリータが勝手にスポイトの水を足し、何を思ったのかプレパラートの上にガラスを重ねてしまった。 「ああっ!」 僕の悲鳴にマルガリータが「え?」と焦った声を出したが、手はすでにガラスを二枚重ねてしまっていた。 「なんで上に重ねちゃう? そんなことしたら潰れちゃうじゃないか」 「……あ、そか。悪い悪い。つい。やっちゃった」 謝りながら、マルガリータは笑っていた。 「……ミジンコ殺し」 「や、ちょっと間違えたんだよ」 「殺人鬼」 「や、や。だってさ。顕微鏡覗く時っていつもこうやってガラス重ねるじゃん」 僕たちの可愛いミジンコが、マルガリータの「ついやっちゃった」で短い生涯を終えてしまった。 僕の怒りが解けないのを見て取ったマルガリータは、降参するように両手を小さく挙げ「もう触らないから。ね。見せて?」と甘えるように言ってきた。 無言でもう一度水滴を落とし、覗きながら調節をし、確認をしてから場所を空けた。 待ちかねたように顕微鏡を覗いたマルガリータは夢中になってレンズの中の小さい生き物を探している。 「竹内、見れた?」 「うん」 「可愛いだろ? な、よく動くのな」 辰郎君の声にマルガリータは「うーん」と微妙な声を上げた。 「なんだよ。お前これが可愛くないっていうのか? 人として失格だな。明日からお前を『ミジンコ殺し』って呼ぶからな」 「……だってさ、これ、俺の知ってるミジンコと違うよ? なんか怖いよ?」 マルガリータが情けない声を上げた。 ミジンコにもたくさん種類がある。教科書に載っているオオミジンコはもっともポピュラーなミジンコで、その形や動き方が軽妙で人気があるけど、実は意外と少ない。 いっぱいいる種類の中で、マルガリータが覗いたミジンコはその中でもちょっとグロテスクな形をしたものだった。 わざとじゃない。 たまたま落とした水滴の中にオオミジンコが入らなかっただけなんだけどさ。 「夢に出そうだよ」 「ミジンコ殺した呪いだな」 「呪いだね」 僕と辰郎君の会話に、ええ〜、とマルガリータが騒ぐので、仕方がないからオオミジンコを探して、見せてあげた。 |
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