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うさちゃんと辰郎くん |
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三人でミジンコを堪能して、そのまま理科室のテーブルで弁当を広げた。 「お、委員長。今日もカラフルだね」 僕の弁当を覗いたマルガリータが笑っている。 料理が得意な母さんは、弁当に力を入れている。僕が幼稚園のときからずっとだ。 小さな頃はそれが嬉しく、友達も羨ましがるのが得意だった。 まあ、今でも感謝はしてるんだけど。 前に遠慮がちに「普通のでいいよ」って言ったら母さんは悲しんだ。そして姉ちゃんに怒られたから、それ以来、僕は何も言わずに母さんの弁当を食べることにしている。 母さんの弁当は美味しい。人参を星形にしなくても、ウズラの卵にごまで目とか付けなくても充分美味しいんだけど。 辰郎君の弁当は、高校生らしく大きくて素っ気ない。ハンバーグに唐揚げに野菜の肉巻と、肉ばっかりだった。そしてデザートにおにぎりが付いている。二時間目にデザートの方を先に食べてしまう場合もあるし、放課後に食べるときもある。 マルガリータは売店で買ったパンだった。前の日の夜とか、今日の朝とかに母親の逆鱗に触れてしまったらしく、今日は弁当抜きで百円だけ渡されたらしい。 理科室には僕たち生物部の研究発表の資料や、そのときもらった賞状なんかが飾られている。 僕の学校の生物部は意外と活発で、代々学校の近くの川の生態の変化を観察し、その研究結果は結構評価が高い。 何代か前の先輩に凄い人がいて、その先輩の発見した生物は先輩の名前が学名に付いている。僕らにとって憧れの先輩だ。 その先輩の授賞式の様子が写真になって、賞状と一緒に飾られていた。 弁当を食べながら、マルガリータがそれを見つけて僕に聞いてきた。 「あの写真? 例のダニー先輩っていうやつ」 「そう。横山ダニー先輩だよ」 マルガリータといえど、ダニー先輩のことを話題に出された僕は嬉しくて、大きく頷いた。 ダニー先輩の発見したダニは新種のダニで、学名が「YOKOYAMAダニ」となっている。外国へ行ってもそれは変わらない。ダニー先輩の見つけたダニは、世界のどこへ行っても「YOKOYAMAダニ」と呼ばれているのだ。 凄いことだと思う。 だって未来永劫ダニー先輩の名前が語り継がれるんだから。 「なんかさあ、いやじゃね?」 「なんで?」 「だってダニだぜ? 彗星とかなら格好いいけどさ」 「何言ってんの? ばかじゃない?」 彗星がなんで格好良くて、ダニが駄目なんだよ。まったくマルガリータは言うことがよく分からない。 僕の怒気など気づかないマルガリータは僕たちの弁当を羨ましそうに見ている。 絶対に分けてやるもんかと思った。 「で、委員長はそのダニー先輩のいる大学に行くんだ」 「うん」 「国立だろ? すげーよな。頑張ってる?」 「まだそんなに。でも準備は早い方がいいから」 ダニー先輩は生物部のOBとしてよく僕たちの学校に来てくれる。僕たちが引き継いだ研究を見に来てくれて、アドバイスをしてくれる。 夏休みなどは先輩の大学に行って、先輩たちの研究の手伝いもさせてもらっている。 そこでその大学の研究の面白さにすっかり傾倒してしまった僕は、先輩と同じ大学を目指すことにしたのだ。 「え、委員長、うちの大学に行かないの?」 僕とマルガリータの話を聞いた辰郎君が吃驚したようにして聞いてきた。 「あ、うん。そうだけど」 「あれ? 辰郎知らなかった?」 そう言えば、僕と辰郎君がこんなふうに親しく話すようになったのってごく最近の話だった。マルガリータは席が近いから、進路相談や保護者面談のときに話した憶えはあったけど、辰郎君には話していなかったかもしれない。 「知らない。今初めて聞いた」 心なしか、辰郎君の声が怒っているように聞こえた。 昼休みが終わって午後の授業が始まっても、放課後になっても、辰郎君は僕の机に来なかった。 いつもいつも来るわけじゃないけど、昼休みが終わってから辰郎君は僕と口をきいてくれない。 窓際近くの席に座っている背中が怒っているように見えるのは、気のせいじゃないらしい。 僕が付属の学校へ行かないって聞いた辰郎君は驚いて、それからちょっとガッカリしたようだ。 「なんだ。俺、大学も一緒かと思ってた」 そう言ったきり、黙々と弁当を食べる辰郎君に、僕は一生懸命説明をした。 付属の大学にももちろん理学部はあるけれど、僕はやっぱりあの大学に行きたい。先輩の研究を手伝っているときに、一緒に指導を受けた教授の授業を是非受けたいと思ったのだ。 僕の説明に辰郎君は「ふうん」と、気のない返事をし、マルガリータは辰郎君が弁当を分けてくれないことを悲しんでいた。 怒っちゃったんだろうか。 僕が一緒の大学に行かないこと、それを辰郎君が知らなかったこと。 まっすぐに前を向いたままの背中をずっと眺めながら、どうしようって考えていた。 |
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