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うさちゃんと辰郎くん |
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「それにほら、今日休んじゃったからさ。せっかく約束したのに」 なんか約束したっけ? と首を傾げている僕の前で、がさごそといわせながら、辰郎君は小さな袋を出してきた。 「お見舞い?」 そんな気を遣わなくったってよかったのにと恐縮しながらも、辰郎君の手に乗せられた包みを受け取った。 「違うだろ」 「違うの?」 「今日なんの日か知ってる?」 「なんだっけ」 「ほら、三月十四日。お返しするって約束しただろ?」 あ、って思って辰郎君を見返したら、辰郎君はちょっと怒ったようにして「なんだよ」って言って、それからやっぱり笑った。 「今日じゃないと、って思って」 辰郎君は僕に先月のお返しをするために、学校が終わってからわざわざ来てくれたのだという。 「……わぁ、……わあぁ」 どうしよう。 すごく嬉しい。 嬉しすぎて泣きそうだ。 感激して辰郎君のプレゼントを見つめている僕の手を覗きながら、辰郎君が「開けてみて」と言った。 いわれるままに小さな包みを開ける。 中にはお菓子が入っていた。 たぶんコンビニで買ったんだろう、小さなチョコが一つ。 「恥ずかしいからこのまま、な」 駄菓子のような小さなチョコと、それからもうひとつ。 「……わあ」 チョコと一緒に入っていた銀色の飾りを目の前にかざす。 小さな銀色の、ミジンコの形をしたストラップだった。 「どうしたの、これ。よく見つけたね」 僕がそう聞くと、辰郎君は嬉しそうに僕と一緒になってミジンコのストラップを見上げた。 「ネットで調べて。取り寄せたんだ。けっこうすぐに見つかった。意外と人気あるんだな、ミジンコって」 「そうなんだあ」 うっとりと銀色に揺れているそれを眺めた。 指先ほどの小さなミジンコは随分精巧で、背中にちゃんと卵も入っていた。 「メスだね」 「うん。……で、見て見て」 辰郎君が得意げに携帯を出してきて僕に見せる。 「じゃーん。おそろ」 辰郎君の携帯には、僕のあげたうさぎのストラップの他に、やっぱり銀色のミジンコが下がっていた。 「こっちはな、オスだって」 確かに卵の入っていないミジンコは雄の形状をしている。しかもオス特有の「胸毛」って僕たちが呼んでいるギザギザまで付いていた。 「な、おそろふたつめ」 「辰郎君って、おそろ、好きだね」 僕がそう言って笑うと、辰郎君は、うん、って言って「好きだよ」って言った。 「うさちゃんは?」 「……僕も好きだよ」 何が? とか、誰が? とか、お互いに聞かない、小さな告白。 僕たちは笑いながら、二人のストラップを眺めていた。 うさぎとミジンコ。 僕と辰郎君のお揃いのストラップ。 それを眺めながら、どうにも堪えきれなくなって、僕はとうとう泣き出してしまった。 だって、さっきまで僕は不幸のどん底だったのだ。 大学が別々になるって聞いてから、辰郎君が怒っちゃって、口もきいてくれなくなって。せっかく仲良くなれたのに、また元通りに遠くで眺めるだけの存在になったんだろうかって悲観していた。 心が狭い! なんて辰郎君を責めながら、本当はどうしようどうしようって、ずっと悩んでいたんだ。 「あれ? 泣くほど感激しちゃった?」 吃驚したように、慌てたように、それでもおどけてそう言う辰郎君に「ティッシュ取って」とお願いし、もらったティッシュで涙を拭いて、乱暴に鼻をかんだ。 「僕、病気で弱ってるんだよ」 「そっか」 明るい声で辰郎君が納得している。 「昨日までずっと熱が出てて」 「うんうん。大変だったな」 「大変だったんだよ」 「そうだな。うん」 「辰郎君、なんか怒ってると思って」 「俺が?」 「こないだ一緒にお昼食べてから、ずっと」 そこまで言ったらまた涙が出てきた。 「お……怒ってる、て」 「怒ってないよ」 「僕が別の大学行くって言ったら怒った」 「ああ、そりゃまあな」 「ほら」 ティッシュじゃ間に合わなくなって、僕はさっきのように毛布に顔を埋めた。 この五日間、僕がどんな想いで過ごしていたか。 ずっと悩んで。 ずっとずっと考え続けて。 どれだけ悲観に暮れたかと思うと、辰郎君のあまりのあっけらかんとした様子に別の怒りさえ湧いてくる僕だった。 |
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