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うさちゃんと辰郎くん |
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茫然と辰郎君の顔を見つめる。 涙は引っ込んでしまい、ただただ驚いて、声も出ない。 僕にじっと見られた辰郎君は、やっぱり照れたようにして、えへへ、と笑っている。 「センター試験とか、全然眼中になかったから……でも頑張ればなんとかなるかもって担任も言ってたし」 「うん」 「手伝ってもらえるか?」 「もちろんだよ。一緒に頑張ろう」 感激で目元がまた潤んでしまった。 僕はダニー先輩との出会いで進路を変えるきっかけを見つけたけれど、辰郎君は僕との出会いでそのきっかけを掴んだってことが、とても嬉しかった。 動機は限りなく不純であるけれど、僕にとってこんなに嬉しいことはなかった。 辰郎君からもう一度大学案内の冊子を受け取って、熱心に読む。手にはさっき辰郎君からもらったミジンコのストラップが握られたままだった。 偏差値が、学部の紹介が、と、ストラップをぶら下げたまま指で文字をなぞって読んでいると、ベッドにぺったりと顎を乗せたまま、辰郎君が僕のミジンコをチョンチョン、ってつついてきた。 「一緒んとこ行けたらいいな」 「うん」 「合格したらさ、一人暮らししないといけないな」 「そうだね。ここからは通えないから」 「……一緒んとこに住んだりして」 「うん」 さらりと言われて聞き流してから、もう一度頭に入ってきた辰郎君の言葉に「ええっ!」と声が上がった。 僕と辰郎君が。 一緒に。 ……住む? 辰郎君は相変わらず僕のミジンコをつついて悪戯をしながら笑っている。 「そしたら楽しいよな」 「……た、辰郎君」 「部屋代も半分だし。広めのところとか住めるよな」 銀色のミジンコをもてあそびながら、辰郎君がつらつらと二人の同居生活を語っている。 あまりの展開の早さに付いていけず、僕はミジンコを握ったまま、何も言うことが出来なかった。 だって。 同じ大学に行って。 一緒に住むって……。 治ったはずのインフルエンザがぶり返したかもしんない。 顔が、身体がぶわっと熱くなった。 「あ、うさちゃん今すげえやらしいこと考えただろ」 「か、か、かか考えてないっ!」 辰郎君が可笑しそうに笑って、ミジンコをつついていた指が、僕の手をつついてきた。 「えー。俺は考えたんだけどな」 笑いながらそう言って、胡座をかいていた辰郎君が膝をついて伸び上がって迫ってきた。 あ。 どうしよう。 これって、この状況って。 固まっている僕の手を、辰郎君が引っ張ってきた。 インフルエンザがうつっちゃう。 それに僕、髪とかくしゃくしゃだし、お風呂も入ってないし。 昼ご飯食べたあと、歯を磨かずに寝ちゃったし。 気持ちは焦るのに、引っ張られる力に抵抗できない。 どうしようどうしようどうしようって思いながら、ギュッと目を瞑ったら、ドカドカと階段を昇ってくる音がして、ノックと同時にドアが開いた。 「ピョン吉。格好いい友達が来てるんだって?」 「……姉ちゃん」 ノックをするなら三秒は待とうよ。 ノックと同時にドアを開けたらノックの意味がないじゃないか。 それに、「ピョン吉」って辰郎君の前で呼ぶの止めてよ。 姉ちゃんの足音を聞いた辰郎君は、一メートルくらいぶっ飛んで、今は部屋の隅で正座をしていた。 文句を言ったところでどうにもならないことは分かっていたから、僕は姉に辰郎君を紹介した。 「あら。いらっしゃい」と、よそ行きの声を出して、姉ちゃんが肩までの髪を後ろに流す仕草をし、辰郎君は「ども」と言って頭を下げている。 「同じクラス? ピョン吉と」 「姉ちゃん! それ止めてよ。その、『ピョン吉』って言うの」 「何言ってんのよ。あんたなんか『ピョン吉』でしょ」 僕の名前はそんなじゃない。 名前のどこにもそんな響きがないのに、小さい頃からそう呼ばれている。 由来は僕が小学一年のとき、アニメでTシャツにくっついてしゃべる蛙に憧れて、自分もそれをやろうとして大惨事になった過去から来ている。 虫が嫌いな母さんは、それで蛙も駄目になった。 「お母さんがお友達におやつ食べて行きなさいって。張り切ってるわよ」 「……ああ」 たぶんそうだろうと思った。 「チーズフォンデュだって」 ……だからなんでおやつにそんなものを作るんだよ母さん。 結局そのまま二人して階下に連れて行かれ、張り切った母さんのおやつを食べ、根掘り葉掘り学校での僕のことを聞かれ、そのまま辰郎君は帰っていた。 辰郎君を見送った後、僕はリビングの自分の席で頬杖をつき、いろんなことを思い出しながらにやけてしまい、姉ちゃんに「気持ち悪いわよ」って叱られ、母さんに「ウイルスが脳に入っちゃったのかしら」と心配された。 最後の最後にちょっとだけ残念なことはあったけど、姉ちゃんが邪魔に入らなかったらな、って思うけど、でもとても嬉しいこともあった、今日の僕のホワイトデーでの出来事だった。 |
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