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うさちゃんと辰郎くん |
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「……なんかあの人あやしくね?」 マルガリータが小さく指さす方向に目をやると、男の人が一人立っていた。 制服を着ていないから生徒ではないのは分かるが、卒業式に出向いた保護者といった服装でもないその人は、大きな紙袋を下げて茫然と立っていた。 季節は春とはいえ、日が当たっていても肌寒いような外なのに、シャツ一枚で上着も着ていない。しかもシャツの裾が半端に出ている様は、おしゃれで出しているようには見えなかった。 大きな紙袋を下げたまま。キョロキョロと辺りを見回している様子は、どう見ても不審者そのものだった。 「……ダニー先輩?」 近づいていき声をかけると、僕の方に振り返った先輩は、ホッとしたように「ああ」と声を出して笑った。 「今日卒業式だったんだね。知らなかった」 あちこちで記念撮影をしている風景を眺めながら、ダニー先輩がのんびりと言った。 ひょろっと背が高く、細い身体は風が吹いたらよろけそうだ。白い顔は寒さのせいで、今日は一段と蒼い。歯がカチカチとなっているのにそのまま笑っていた。 「どうしたんですか?」 「うん。新田さんに借りていた本を返そうと思って持ってきたんだけど……見つからない」 なおもキョロキョロしながら周りを眺めているが、のんびりとした口調は変わらない。本当に探していたのかどうかも妖しいものだ。 それに。 「新田先生ですか?」 ダニー先輩がそう呼ぶ「新田」という人は、この学校の音楽の講師だ。確か先輩とここで同級生だったと聞いていた。 「うん。卒業式なら来ているよね。音楽室とか体育館にまだいるかな」 「先輩。新田先生ならもう学校に来てないですけど」 「……え?」 ゆっくりと僕の方を振り返り驚いて見せる顔は、やっぱり全然驚いたように見えない。 「産休取って、去年の秋から休んでますけど」 前の年に結婚した新田先生は、産休だということで、今は別の臨時講師に替わっている。夏休みに先輩の手伝いに行った時にそのことは話したはずなんだけど。 そのとき先輩はよかったよかったと喜んでいたはずなんだけど、忘れていたらしい。 「……ああ。そうかあ」 相変わらずのんびりと納得しながら笑っている口元が、ガチガチと歯を鳴らしていた。 「先輩、寒くないですか? そのまま来たんですか? 上着も着ないで」 「うん? うん。ここまでは車で来たから。寒いと気が付かなかった」 「車でっ?」 「白衣着てたんだけど、白衣着たまま入ってったら、先生と間違われちゃうかなって思って。失敗しちゃったな」 いや誰も間違わないと思うけど。 そんなことよりダニー先輩が車でここまで運転してきたことに驚愕してしまった。 「先輩、一人で来たんですか?」 「うん」 「よく……」 無事で……という言葉は飲み込んだ。 たぶん全然無事に辿り着けたとは思えない。車にはきっと新しい傷が増えていることだろう。 |
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