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うさちゃんと辰郎くん
25

「あれ。じゃあ困ったなあ。せっかく本返そうと思って持って来たのに」
 やっぱりまったく困ってない調子で先輩がそう言って、持っていた紙袋の中を覗き込んでいた。
 一緒になって僕もその中を覗いてみた。
 本が五冊、入っていた。
「新田先生に借りたんですか?」
「うん。大分前なんだけどね」
 確かに背表紙に二〇〇五年度版と書いてあるのが並んでいた。
「この前部屋の床が抜けそうになっちゃって、それで本を整理しろって言われて。このままじゃアパートが壊れるって」
 えへら、と笑っている。
「そしたらこれが出てきてね。あ、返さなくちゃ。困ってるだろうなあって、急いで持って来たんだけど」
 六年も経ってますけど。
 一緒になって袋を覗き込んでいたマルガリータが一冊を取りだして、興味深げに眺めている。
「これ借りたんですか?」
「うん。これ読んで勉強しなさいって」
「『意中の彼をゲットする方法』」
 マルガリータが本のタイトルを読み上げた。
 他にも入っているのは「恋の成功法則」とか「恋愛マニュアル」とか、とにかくそういった類のハウツー本だった。
「役に立ちました?」
「うーん。どうだろう。あんまり効力なかったかも。これなんかさあ……」
 マルガリータの持っている本のページを捲り、説明を始めていた。
 目次には「今夜どうしても彼を落としたいときに使う裏技」と書いてある。
「実行しようとしたら、グーで殴られた」
 あはははははぁ、と暢気に笑いながら、やっぱり歯をガチガチと鳴らすダニー先輩だった。
「新田先生、こんな本読んでたんだ」
 ページを捲りながら、マルガリータの声が裏返っていた。
「借りっぱなしで困っただろうなあ。どうしよう。悪いことをしてしまった」
 歯を鳴らしながら、先輩が申し訳なさそうにしている。
「いや、大丈夫じゃないですか? 新田先生結婚したわけだし。いまは赤ちゃんもいるし」
 僕がそう言って慰めると、先輩は「そうかあ」と、またにへら、と笑った。
「凄いなあ。この本なしで彼をゲット出来たんだね。俺がこれを返さなかったから新装版買って使ったのかな。やっぱり悪い事をした」
 気にするところがどこかずれているような気もしたけど、ダニー先輩だから仕方がないかと、僕も諦めた。
「どうしようかなあ。持って帰るとまた叱られるだろうな」
 せっかく返しにやってきた持ち主の不在に困惑している。
「宅配便で送ることにするよ」
 ……今さらこれを返されても、新田先生も困惑すると思うけど。
 解決方法を見つけた先輩は、安心したように、へらり、と笑って、「じゃあ」と去って行こうとした。
「帰るんですか? また一人で運転して」
 僕の心配声に、先輩はゆったりと笑って「大丈夫だよぉ」と、全然説得力のない声を出した。


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