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うさちゃんと辰郎くん |
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「あれ。じゃあ困ったなあ。せっかく本返そうと思って持って来たのに」 やっぱりまったく困ってない調子で先輩がそう言って、持っていた紙袋の中を覗き込んでいた。 一緒になって僕もその中を覗いてみた。 本が五冊、入っていた。 「新田先生に借りたんですか?」 「うん。大分前なんだけどね」 確かに背表紙に二〇〇五年度版と書いてあるのが並んでいた。 「この前部屋の床が抜けそうになっちゃって、それで本を整理しろって言われて。このままじゃアパートが壊れるって」 えへら、と笑っている。 「そしたらこれが出てきてね。あ、返さなくちゃ。困ってるだろうなあって、急いで持って来たんだけど」 六年も経ってますけど。 一緒になって袋を覗き込んでいたマルガリータが一冊を取りだして、興味深げに眺めている。 「これ借りたんですか?」 「うん。これ読んで勉強しなさいって」 「『意中の彼をゲットする方法』」 マルガリータが本のタイトルを読み上げた。 他にも入っているのは「恋の成功法則」とか「恋愛マニュアル」とか、とにかくそういった類のハウツー本だった。 「役に立ちました?」 「うーん。どうだろう。あんまり効力なかったかも。これなんかさあ……」 マルガリータの持っている本のページを捲り、説明を始めていた。 目次には「今夜どうしても彼を落としたいときに使う裏技」と書いてある。 「実行しようとしたら、グーで殴られた」 あはははははぁ、と暢気に笑いながら、やっぱり歯をガチガチと鳴らすダニー先輩だった。 「新田先生、こんな本読んでたんだ」 ページを捲りながら、マルガリータの声が裏返っていた。 「借りっぱなしで困っただろうなあ。どうしよう。悪いことをしてしまった」 歯を鳴らしながら、先輩が申し訳なさそうにしている。 「いや、大丈夫じゃないですか? 新田先生結婚したわけだし。いまは赤ちゃんもいるし」 僕がそう言って慰めると、先輩は「そうかあ」と、またにへら、と笑った。 「凄いなあ。この本なしで彼をゲット出来たんだね。俺がこれを返さなかったから新装版買って使ったのかな。やっぱり悪い事をした」 気にするところがどこかずれているような気もしたけど、ダニー先輩だから仕方がないかと、僕も諦めた。 「どうしようかなあ。持って帰るとまた叱られるだろうな」 せっかく返しにやってきた持ち主の不在に困惑している。 「宅配便で送ることにするよ」 ……今さらこれを返されても、新田先生も困惑すると思うけど。 解決方法を見つけた先輩は、安心したように、へらり、と笑って、「じゃあ」と去って行こうとした。 「帰るんですか? また一人で運転して」 僕の心配声に、先輩はゆったりと笑って「大丈夫だよぉ」と、全然説得力のない声を出した。 |
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