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うさちゃんと辰郎くん
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 学校のある駅で待ち合わせして、二人で電車に乗った。
 辰郎君が僕の行きたいところでいいよ、って言ってくれたから、色々考えて、結局科学博物館に行くことに決めた。
 春休みのイベントで、今は海中の微生物展をやっていて、行きたいと思っていた。
 博物館の側には大きな公園があり、そこには桜並木がある。
 毎年大勢の花見客で賑わう公園だ。博物館の帰りにそこで二人で花見をしようと誘った。
 母さんが豪華弁当を持たせてくれた。
 豪華すぎて、普段使っているリュックには入り切らなくて、大きなバスケットを持たされた。お重に水筒、デザートまで入っている。
 台所に広げられた、おせち料理みたいな弁当に一瞬絶句したけれど、黙ってそれを持って出かけてきた。
 母さんが「何人で行くの?」って聞いてきたとき、本当の事が言えなくて、「三、四人」と答えてしまったからだ。
 各自用意してくるから、とか、そんなに凄いのは作らなくていいからね、って最初に言ってはいたんだけど、母さんが聞くわけがなかった。二人って言っても三人分は作る人だ。多分今日のは五人前は入っている。
 辰郎君と二人だよ、って普通に言えばよかったんだけど、僕はなぜか言えなかった。
 最近仲良くなったクラスメートと遊びに行くんだって言えばいいのに。ほら、この前お見舞いに来てくれた人だよって。
 普通のことだし、母さんも、姉ちゃんだって、きっとなんの疑問を抱かないだろうと思うのに。
 だけど、僕の中で、後ろめたい気持ちがあったんだと思う。
 だから僕は、たったそれだけのことが言えなかった。
 母さんの作ってくれた弁当が重たい。
 嬉しくて、有り難いけど、重たかった。
 駅で待ち合わせをした辰郎君は、僕よりも先に来ていた。
 僕の顔を見ると、いつものように大きな笑顔で僕に手を振ってくれた。
 大晦日のときのように、僕は走って辰郎君の所へ行く。
「待ちました?」って、また丁寧語が出てしまって、相変わらず咳き込んでいる僕だった。
「すげえ荷物だな」って辰郎君が笑って、重たい荷物を半分持ってくれた。
 それだけのことで、さっきまで重たかった僕の気持ちも軽くなってしまった。本当、現金なもんだなって思う。
 電車の中はすいていた。
 だけど僕たちは座らずに、ドア近くに向かい合って立ったまま、ずっとしゃべり続けていた。
 窓の外からも桜並木が見えていた。これから行く公園もきっと満開だろう。
 学校のこと、部活のこと、新学期のこと、受験のこと、話しても話しても話題が尽きない。
 窓の外に目をやると、辰郎君も一緒に外を見る。
 そうしてまた向き合って、目的地に着くまでずっと、しゃべり続けた。


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