INDEX
うさちゃんと辰郎くん
30

 博物館に着くと、親子連れや僕たちみたいな友達同士の観覧客で賑わっていた。
 本気で全部を見て回ろうとすると、一日掛けても足りないくらいの大きな博物館だ。
 僕たちは予定通り、『海の微生物展』だけを目当てに、そのイベントホールに向かった。
 海底をイメージした薄暗い会場に、海の底に生息している生物たちが展示してある。
 光の届かない海の底に生きる生物は、自ら発光するものが多い。この世の者とは思えないような、美しい形状をもつ生き物が、青白い光を放っている写真を眺めながら、辰郎君と一緒に見て回った。
 退屈じゃないかな、って心配したけど、辰郎君はすごく楽しそうに説明文を読み上げたり、僕の説明を聞いてくれた。
 微化石を観察出来る顕微鏡を覗いたときは、この前ミジンコを見せてあげたときのようにはしゃいで、僕よりも熱心に古代の小さな痕跡を探していた。
 辰郎君はどんなときでも、こうやってなんでも楽しむ。
 学校の行事でも、面倒なことを頼まれたときでも、いつだってなにか楽しいことを見つけ、まるでイベントのようにしてしまう。
 そういうところが凄いなって僕はいつも思う。
 見た目も目立つし、すごく格好いい人だけど、僕が辰郎君を好きだと思うのは、そういうところだった。
 大らかで前向きで格好いい。
 僕から見たら、辰郎君は最強だ。
 顕微鏡を覗きながら「すげえ! これ面白い」と、はしゃいだ声を上げる辰郎君は、その上とても可愛いんだ。
 薄暗い海底で笑っている横顔を眺めながら、不思議な感覚にとらわれる。
 僕にないものをたくさん持っていて、側に近づきたくても到底届かないと思っていた存在の人が、僕の隣で笑っている。
 これは凄いことなんじゃないかって茫然としながら、すごく嬉しくなって笑い出したくなり、同時に泣き出したくなるぐらいの気持ちに襲われる。
 胸の痛みに蹲りたくなる。
 同時に空に向ってわーって叫びたくなる。
 痛いんだけど、その痛みが嫌じゃない。
 ずっと味わっていたい痛みに、僕の顔は弛みっぱなしだ。
 大きなパネル映像では、海底の様子が映し出されていた。海の底を自分たちが浮遊しているような演出が成されている。
 雪のように降ってくる白い塵たちは、マリンスノーと呼ばれるプランクトンの死骸や殻だ。実際は光の届かない真っ暗な世界で、それは海底に住む生物たちの餌になる。
 海の雪はずっと降り続き、海底に堆積していく。
 僕たちが地上でこうしている間もずっと降り積もっている。
 辰郎君が海の真ん中で、降ってくる雪を受け止めるように手を伸ばした。スポットライトに照らされて、辰郎君自身が発光しているように見えた。
「見て見て」
 海の底で、辰郎君が笑いながらミジンコの真似をした。
 すごく可愛かった。


novellist