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うさちゃんと辰郎くん |
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博物館に着くと、親子連れや僕たちみたいな友達同士の観覧客で賑わっていた。 本気で全部を見て回ろうとすると、一日掛けても足りないくらいの大きな博物館だ。 僕たちは予定通り、『海の微生物展』だけを目当てに、そのイベントホールに向かった。 海底をイメージした薄暗い会場に、海の底に生息している生物たちが展示してある。 光の届かない海の底に生きる生物は、自ら発光するものが多い。この世の者とは思えないような、美しい形状をもつ生き物が、青白い光を放っている写真を眺めながら、辰郎君と一緒に見て回った。 退屈じゃないかな、って心配したけど、辰郎君はすごく楽しそうに説明文を読み上げたり、僕の説明を聞いてくれた。 微化石を観察出来る顕微鏡を覗いたときは、この前ミジンコを見せてあげたときのようにはしゃいで、僕よりも熱心に古代の小さな痕跡を探していた。 辰郎君はどんなときでも、こうやってなんでも楽しむ。 学校の行事でも、面倒なことを頼まれたときでも、いつだってなにか楽しいことを見つけ、まるでイベントのようにしてしまう。 そういうところが凄いなって僕はいつも思う。 見た目も目立つし、すごく格好いい人だけど、僕が辰郎君を好きだと思うのは、そういうところだった。 大らかで前向きで格好いい。 僕から見たら、辰郎君は最強だ。 顕微鏡を覗きながら「すげえ! これ面白い」と、はしゃいだ声を上げる辰郎君は、その上とても可愛いんだ。 薄暗い海底で笑っている横顔を眺めながら、不思議な感覚にとらわれる。 僕にないものをたくさん持っていて、側に近づきたくても到底届かないと思っていた存在の人が、僕の隣で笑っている。 これは凄いことなんじゃないかって茫然としながら、すごく嬉しくなって笑い出したくなり、同時に泣き出したくなるぐらいの気持ちに襲われる。 胸の痛みに蹲りたくなる。 同時に空に向ってわーって叫びたくなる。 痛いんだけど、その痛みが嫌じゃない。 ずっと味わっていたい痛みに、僕の顔は弛みっぱなしだ。 大きなパネル映像では、海底の様子が映し出されていた。海の底を自分たちが浮遊しているような演出が成されている。 雪のように降ってくる白い塵たちは、マリンスノーと呼ばれるプランクトンの死骸や殻だ。実際は光の届かない真っ暗な世界で、それは海底に住む生物たちの餌になる。 海の雪はずっと降り続き、海底に堆積していく。 僕たちが地上でこうしている間もずっと降り積もっている。 辰郎君が海の真ん中で、降ってくる雪を受け止めるように手を伸ばした。スポットライトに照らされて、辰郎君自身が発光しているように見えた。 「見て見て」 海の底で、辰郎君が笑いながらミジンコの真似をした。 すごく可愛かった。 |
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