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うさちゃんと辰郎くん |
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午前中いっぱいを博物館で過ごした。 お昼の時間が近づき、遅めに出掛けてきた親子連れで会場も混んできた。化学実験や恐竜のブースも行ったら楽しいだろうけど、たぶん子ども達でいっぱいだろう。 辰郎君と相談して、博物館は今日はここまでにして、公園に花見に行くことにした。 辰郎君はここが気に入ったらしく、次は恐竜展、その次は科学館に行きたいと言った。 季節事にいろいろな催しもやっているし、何度訪れても飽きることのない僕だから、もちろん異存があるはずがない。 今日の次の約束があることが嬉しくて、頷く僕の顔は本当、弛みっぱなしだ。 隣にある大きな公園は桜が満開だった。 花見客で賑わう桜並木の景色を楽しみながら、弁当を広げられる場所を探して歩いた。 めぼしい場所はすでに場所取りのシートが敷かれ、宴会を始めているグループもいる。 ここに何度も来ている僕は、大きな桜の樹じゃないけど、ちょっと穴場的な場所を知っていたので、そこに辰郎君を連れて行った。 小さな神社の囲いの裏、少し斜面になっている所がある。そこにも桜が咲いていて、博物館に一人で来たときは、僕はここで母さんに作ってもらったお握りを食べていた。 行ってみると、僕だけの穴場だと思っていたその場所に、何組かの親子連れが小さなシートを広げていた。それでもぎちぎちにシートが敷き詰められているわけではないので、僕らは空いた場所にやはり持参のシートを広げ、そこに腰を落ち着けた。 母さんが張り切って作ってくれた弁当を開ける。 「おお!」 海苔巻きにおいなりさん、卵焼き、煮物、唐揚げ、ハンバーグ、肉巻きと、冷蔵庫の材料全部を使ったんじゃないかと思うぐらいのおかずがぎっしりと入っていた。 海苔巻きは桜の花びらを模った花寿司だったし、おいなりさんには海苔で作った顔が付いていた。 「うさちゃんのお母さん、張り切ったな」 「うん」 「いつかうさちゃん家行ったときも、すげえの出してくれたしな!」 おやつにチーズフォンデュを出す家はまずないだろう。 旨そう、と満面の笑みでカラフルなお重を眺めている辰郎君に箸と紙皿を渡す。 いただきます! と元気に手を合わせる辰郎君に、僕も笑って「召し上がれ」と言って箸をとった。 おいなりさんに描かれた猫の顔に笑い、花寿司のきれいな模様に感嘆し、「肉が好きだ!」と叫びながら、辰郎君はすごい勢いで平らげていった。 母さんに気を遣っているのかと「無理して全部食べることないよ」と僕が言うのに「なんの、これぐらい全然楽勝」と言って本当にパクパクと気持ちいいくらいに食べてくれた。 一緒に住むことになったら食費が凄いことになりそうだな、なんて所帯じみたことを考えて、自分の考えに赤くなったりする。 桜の花びらがひらひらと舞い降りてきて、唐揚げの上に止まったのを「風流だな」って笑って、一口で食べていた。 食べている間にも、ずっとおしゃべりを続ける。 今さっき行ってきた博物館のこと。海の微生物たちのこと。微化石の、自然が創った精巧な模様のこと。 新学期のこと。引退する前に県大会で上位に食い込みたいこと。マルガリータが馬鹿なこと。 修学旅行は一緒の班になろうなって約束をした。 夏がきて、部活を引退したら一緒に夏季講習を受けたいって辰郎君が言った。 一緒に頑張って合格しようぜって、おいなりさんを頬張りながら辰郎君が笑う。 頑張ろうねって僕もおいなりさんを頬張った。 母さん自慢のおいなりさんは、甘塩っぱくて、仄かに桜の香りがした。 |
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