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うさちゃんと辰郎くん |
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しゃべりながら歩いているうちに、道に人が増えてきて、賑やかな雰囲気になってきた。 辿り着いた神社の中では火が焚かれ、境内には参拝の列が出来ていた。参道には露天も並び、人で賑わっていた。 境内に入り列の最後尾に並ぶ。 熱気はここまでは届かなくても、明るいオレンジの火の色と、人に囲まれて、寒さが緩んだように感じた。 少しずつ進む人の波に混ざって、とりとめのない話を続ける。 今まで会話らしい会話なんてしたことがなかったのに、不思議と会話が途切れない。 僕がうかれていたのもあったし、辰郎君も楽しそうにしていたから、もっと楽しくなって、いつまでも話せるような気がしていた。 「あれ? 辰郎?」 僕たちの向かう方向と逆側、参拝を終えて帰る行列の中から声がして、そっちの方向を向く。 僕たちと同じぐらいの年齢の人が立っていた。たぶんさっき話していた、辰郎君の地元の友達なんだろう。 その人は「よう」と親しげに手を挙げて、隣りに立っている僕の方をみて、軽く会釈をすると、列からはみ出してきて辰郎君の首に腕を回して笑った。 「今から?」 「ああ、うん」 辰郎君に腕を巻き付けたまま、その人が冷やかすようににやにやしている。かなり親しい間柄だったらしく、首を絞められている辰郎君も笑っていた。 「なに? どしたの? 彼女連れてくるっていってなかった? 楽しみにしてたんだけど」 「いやー、まあ、いろいろとあって」 「ふうーん。振られたんだ」 「ちげーよ」 友達がカラカラと笑って辰郎君の肩をバンバン叩いている。 「なんだよ。脈ありみたいなこと言ってたじゃん。まあ、君でも振られることもあるわな」 「だからいろいろあるんだよ」 「うさちゃん誘うって言ってたじゃん。新年早々ご愁傷さまですねー」 「いいから。ほら、列戻れ」 辰郎君が友達の腕を振り払って、怒ったような声を出した。 彼は尚も笑いながら手をひらひらさせて、またな、と列の中に戻っていった。 列はゆるゆると進んでいく。 「……あー、ええと」 前の人の足下を眺めながら、今の会話を考えた。 辰郎君はこの初詣に彼女を誘おうとしていたらしい。いや、脈ありって言っていたから、これから彼女にしたいと思っていた子を誘いたかったらしい。 でも誘いのメールは僕のところに来た。 で、僕は喜んでここに今こうしている。 「うさちゃん」という人を誘ったらしい。 僕の名字は宇佐美だけど、今まで一度もそんな風に呼ばれたことはない。 現にさっきだって僕のことを「委員長」と辰郎君は呼んでいたじゃないか。 ……と、いうことは。 辰郎君は、僕じゃない「うさちゃん」という子を誘っていた? 「……間違いメール?」 「……あー」 下を向いたまま発した僕の言葉に、彼が困ったような声を出した。 顔が火照り、耳がじわじわと熱くなってくる。 「……うわ。僕、恥ずかしい」 そうだよ。よく考えたら突然初詣に誘ってくるなんて、おかしな話じゃないか。 うさちゃんなんて、生まれて一度も呼ばれたことないんだよ。そこでどうして気がつかないんだよ自分。恥ずかしすぎる。 誘われて、舞い上がって、確認もせずに飛び出して来てしまった。 うさちゃんにメールしたはずなのに、「すぐ行くよ」なんて全然誘ってない「宇佐美」から返信が来て、ビックリしたんじゃないか? それで浮かれてべらべらしゃべりまくって、「嬉しかったありがとう」なんて言われて、困ったんだよきっと。 ああーー。穴があったら入りたい! 「うわ、うわぁ。どうしよ、ごめん。辰郎君」 「いや、違うって」 「……わあぁ。なにやってんの? 僕」 「だから、あのさ……」 「そうだよね。『うさちゃん』の時点で気がつくべきだった。ごめん。ああぁ、どうしよう」 「委員長、落ち着けって」 「これから『うさちゃん』誘って。お願いだから」 「いいんだって」 辰郎君が狼狽しまくりな僕を宥めにかかっている。 だけど顔から火が出そうなくらい恥ずかしい僕は、もう、この場に立っていることが出来なかった。 「本当。ごめんね。僕、帰るよ」 「帰るって……」 「じゃあ、ごめん」 列から飛び出して、脱兎のごとく走って逃げた。 めちゃくちゃに走りながら、恥ずかしさに「わー」って叫びたくなった。顔が火照って仕方がない。 なんて馬鹿なんだろう。 走りながら、自分の恥ずかしい行為の数々を思い出し、思わずその場にしゃがみ込みたくなる。 叫びたくても夜中だし、しゃがみ込んで、もし辰郎君が追いかけてきたりしたら困るから、ただただ走り続けた。 やがてさっき降りた駅へと辿り着く。 終電の終わった駅は真っ暗だった。 「……帰れないし」 明かりの消えた駅を目の前に、途方に暮れた。 「宇佐美」 後ろから声がして、振り向く前に辰郎君が目の前に現れた。自転車に乗っている。 「凄い勢いで逃げてくから」 さっきの友達に自転車を借りてきたと言う辰郎君も、今さっき到着したらしく、息を切らしていた。 「メールの返信きたとき、すぐに間違えたって言ってくれたらよかったのに」 早合点したのは僕だけど、そこで「うさ違い」だったって言ってくれれは、こうまで恥ずかしい思いはしなかったはずだと思い直し、辰郎君に抗議した。 「まあ、そう思ったんだけど。ほら、すぐ行くって返事だったし」 「ああぁ〜」 頭を抱えて悶絶する僕の頭の上に、「でも楽しいからいっかなーって思って」っていう声が降ってきた。 「委員長。飛び跳ねるみたいにして走ってきたし」 わぁって叫んで耳をふさぐ。 「嬉しい嬉しい、ってはしゃいでたし」 「やめてぇ〜!」 「俺も楽しかったし」 「嘘だって」 「いやほんと、楽しかったし、つか、楽しいし」 本当だよ、っていう声に、下を向いたまま顔が上げられない。 「うさちゃん、って誰?」 「……あー、まあ、それはいいとして」 「せっかく誘ったのに僕なんかが来て申し訳ない」 「いいって。マジで」 下を向いたまま、うさちゃんうさちゃんと考えていた。 「あ、三組の宇佐さん?」 思い当たる名前を見つけて顔を上げた。 自転車に乗った辰郎君が、とても困った顔をした。 「ああ、そうか、宇佐さんか。ああっ、そうか! 女子バスケ部だ。そうか」 「もういいって」 「辰郎くんごめん。もう終電もないし、今から誘っても宇佐さん来られないかもね」 「つうか、お前も帰れないだろ?」 「ああ、そうか……」 もう一度暗くなった建物を振り返り、溜息を吐いた。 「とにかく戻ろう?」 「でも……」 「寒いし。どうせ帰れないだろ? 俺も自転車返さないといけないし」 な、と説得されて、来た道をもう一度戻ることになった。 「また並び直しだ」 「ごめん。お汁粉、残ってるかな」 「大丈夫だよ。いつも凄い量用意してるから」 「うん」 「ほら、乗れ」 自転車に乗ったままの辰郎君に後ろに乗れと促されて、素直に跨った。 ペダルを踏み出す足に合わせて、辰郎君のダウンジャケットの裾につかまる。 寒さと走ってきたのとで、手と耳が冷たくなっていた。 走ろうとした自転車が止まり、座ったままの辰郎君が振り返る。 自分の巻いていたマフラーを取ると、僕の首に巻いてくれた。 「鼻赤くなってる」 長いマフラーを顔の半分までぐるぐる巻きにして、辰郎君が僕の顔を見て笑った。 それから僕の腕をとって、自分のジャケットのポケットに突っ込んだ。 「落ちんなよ」 もう一度ペダルを踏み出す背中にくっついて、ポケットに入れた手を、辰郎君のジャケットごと抱きしめた。 |
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