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うさちゃんと辰郎くん
33

 しゃがんだ状態で、頬杖を付いた顔が、じっとこちらを見つめている。
「……ええと」
 僕の腕を掴んでいた辰郎くんの手は自分の頭を掻き、僕は僕であたふたと弁当箱を仕舞う。
 無言で動いている僕たちを、小さな男の子は微動だにせず眺めている。
 二人っきりの世界に浸って忘れていたけど、そうだった、ここは公園だった。
 すぐそばに親子連れの花見客もいたんだった。
 水筒からお茶を注いで飲む振りをして、ひたすら子どもの視線を避けた。あどけない大きな目が痛くて、思わずごめんなさいと謝りたくなった。
「いまチューしようとしたでしょ」
 頬杖を付いたままその子が糾弾してきて、お茶を吹いてしまった。
「そっ、そんなことはっ」
「ちゅーするとこ見たかったのに」
 ちぇーと、子どもは残念そうに言った。
「ボクねえ、違うよぉ。お兄さんたちはね……別に……あの……そん、な」
 上手い言い逃れが出来なくて、アワアワしながら必死に取り繕うボクの横で、辰郎君が小さく「あーぁ」って溜息を吐いた。
「また失敗だ!」
 辰郎君、嘆いている場合じゃないって!
 僕たちの軽率な行動で、幼い子どもの未来に暗い影が落ちるところだったんだよ!
 辰郎君の嘆きと僕の狼狽をよそに、男の子は「うっそだあ! チューしようとしてた」と、頑なに叫び、僕らを追いつめてきた。
「違うって! 違うよ。信じて」
「てぇつないでたもん」
「あ、いや」
「チューしようとしてたもん!」
「そんな風に見えた?」
 辰郎君が可笑しそうにその子に聞いて、男の子はこっくりと大きく頷いた。
「チューするとこ見たかった?」
 た、辰郎君、なんてことを言うんだ。
「うんっ」
 目をキラキラさせて、期待の籠もった表情で見つめてくる。
「見してやんなーい」
 あはは、と大きな声で辰郎君が笑い、男の子は「ケチー」と頬を膨らませた。
「人に見せるもんじゃないからな」
「えー、いいじゃん。みせて」
「やだね」
 な、って僕の方に同意を求められても、困る。
「あれは人に見られないところでじっくりやるもんだよな」
 ますます答えられない。
「えー、ぼく、ようちえんでヨウちゃんといつもチューしてるよ? みんなみるよ?」
「ヨウちゃん?」
「うん。ようすけくん。いっつもねー、しようぜ、っていってくる」
「……ああ。そう……なんだ」
「すごくかっこいいんだよ」
「そうか。……ふうん。それは、うん、よかったね……」
 水筒の蓋に入ったお茶を、正座したまま飲んだ。
「ぼくたちラブラブなんだよ」
「そう」
 飲み干してしまったからまた注いだ。
「こんどねー、おとまりかいがあるの」
「そう。楽しみだね」
「うん。おフロもいっしょにはいるの。洗いっこしようぜ、ってヨウちゃんが」
「そりゃ楽しそうだな。うらやましいな」
 辰郎君がすごく羨ましそうに言って、僕はお茶の飲み過ぎで腹が痛くなった。
「おちんちんをねー」
「なにっ、な、何の話っ?」
 僕が慌てて言うのに、辰郎君は身を乗り出している。
「いつもママに洗ってもらうんだけどね。ほら、さきっちょのぞうさんになってるところをね、ママにぴゅ、ってむいてもらってあらうの。いたい、っていうと、バイ菌入るからがまんしなさいって」
「……ああ、うん。大事なことだね」
「パパはねー、やってくれないんだよ。ぼくがやってってぞうさんだすと、いたそうな顔して明日ママに洗ってもらえっていう」
「そうなんだ」
 パパさんの気持ちも分からないでもない。
「お泊まり会のときはどうするの? 先生にむいてもらえばいいの? ってきいたら、一日ぐらいは洗わなくっていいってママが言うの」
「ふうん」
 先生も大変だな、って溜息が出た。幼稚園に通っている子ども達全員のそこの面倒は見れないだろうと僕も思う。
「そしたらさ、ヨウちゃんがおれが洗ってやるって」
「……そう、なんだ」
「やくそくしたの。ヨウちゃんのおちんちんはねー、ぞうさんじゃないんだよ。注射しに行ったとき、先生にビュルって全部むかれたんだって! 注射にいったのに、ついでだからって、ギュッて全部! このほうが洗いやすいからって。ヨウちゃん『ギャッ』ってなったって言ってた」
 辰郎君が身震いして、僕も正座していた足を固く閉じた。


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