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うさちゃんと辰郎くん
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 片付けをしている母親の周りで、お手伝いをしているのか邪魔をしているのか分からないタカシくんの姿を二人して眺めていた。
「可愛いなあ」
「うん」
 縁側に座り、孫の遊ぶ姿を眺めているお爺さんのような、のんびりとした気分だった。
 辰郎君がさっき言っていた言葉を思い出す。
 好きだからキスしたい。
 気持ちを伝えたいからキスするんだって言った言葉を何度も反芻する。
 去年の大晦日から今日まで、いろんなことがあって、今日もこうして二人でお花見に来られて、僕はすごく嬉しくて、毎日が信じられないくらいに楽しい。
 僕はずっと辰郎君のことが大好きだったけれど、辰郎君ももしかしたら僕と同じ気持ちを持ってくれているのかな、って考えて、そう考えるだけで、もう、胸がいっぱいというか、夢のようだと思っていた。
 だけど、どこかでやっぱり夢なんじゃないか、僕の浮かれた勘違いなんじゃないかっていう思いもあった。
 それが、さっきの辰郎君の言葉で、すごく実感したというか、ああ、辰郎君は僕のことを好きでいてくれているんだなっていうのが現実味を帯びて、僕の胸に飛び込んできたのだ。
 信じられないけど。本当に信じられないことだけど、辰郎君は僕のことが好きなんだなってことを、今初めて知った気がした。
「両思いおめでとう」って言った言葉に、僕もお礼を言いたい気分だった。
 僕たちはこれからも学校で会い、一緒に高校生活を送り、一緒に頑張って同じ大学を目指す。
 ずっと先の将来は分からないけど、僕は辰郎君の側にいてもいいのだと、一緒にいたいと願ってもいいのだと、隣の辰郎君の笑顔が語っていた。
 息がしづらいくらいの胸の痛みがさっきから止まらない。
 痛くて痛くて泣き出しそうで、だけどずっとこの痛みを感じていたいとも思ってしまう。
 辰郎君もこの痛みを僕に対して感じてくれているのだと思うと、不思議で、でも笑い出したくなるくらいに幸せだと思った。
 帰り支度を終えたタカシくんが、もう一度僕らの方に手を振って帰っていった。
 春休みが終わって、ヨウちゃんと会ったら、タカシくんはどうするのだろう。
 今は無邪気に「ヨウちゃんが大好き」と言うタカシ君は、ゆうなちゃんに言われたことにいつか傷付くだろうか。
 そうならなければいいな、と思うけど、きっといつか、気が付く日が来るんだろう。
 頑張って欲しいなって思い、側にやさしく理解してくれる人がいればいいな、と思った。
 そして周りの好奇や偏見の目を知ったとき、それでもタカシくんがヨウちゃんを好きで、ヨウちゃんもタカシくんを好きでいてくれたらいいと願う。
 傷付くことは免れない、きっと。
 臆病な僕はタカシくんのように天真爛漫に自分の気持ちを表に出したことはないけれど、それでも傷付くこともあった。
 今日だって母さんに本当のことを言えずに出てきてしまっている。
 辰郎くんとデートが出来て幸せだと思う反面、小さな罪悪感も確かにあるのだ。
 なぜなら、僕たちの恋には生産性がないから。
 もちろん、今学校で付き合っている人たちが全員結婚するなんてことはないし、僕たちだって将来どうなっているかなんて分からない。
 今は考えられないけど、考えたくもないけど、喧嘩して、気持ちが離れて、新しい恋をするのかもしれない。
 そして、僕はどこまでいっても生産性のない恋しか出来ないことを知っている。
 母さんや父さんを悲しませ、姉ちゃんに怒られるかもしれない。
 どの動物も、自分の種を存続させるために、ライバルと戦い、身を飾り立て、ダンスを踊る。植物だって甘い香りを放ち、虫を引き寄せ花粉を運ばせようとする。
 自然の摂理がそうなっている。そうやってみんな未来へと続いていくのだ。
 僕の種は僕で終わってしまう。
 それがたぶん、僕の持つ罪悪感の根源なんだろう。
「うさちゃん、俺もお茶飲みたい」
 ぼうっとしたまま水筒を抱えっぱなしの僕に、辰郎くんが笑いかけてきた。
 僕から水筒を受け取った腕には、今さっき僕があげたリストバンドが付いたままだ。
 喉を鳴らしてお茶を飲む辰郎くんを、やっぱりぼうっとしたまま見つめた。
 ぷは、って息を吐いた辰郎くんは、僕の顔を見てほわん、と笑った。
 のんびりとした笑顔につられて僕も笑った。


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