INDEX
うさちゃんと辰郎くん
37

 タカシくんたちがいなくなった場所には新しい家族がシートを広げていた。
 遅めの昼食を取るために、穴場のここにも人が増えてきたようだ。
「そろそろ俺らも行こうか」
 やさしい辰郎くんは、小さな子どもを連れた親子連れに場所を譲るために立ち上がり、片付けを始めている。
 僕も空になった弁当箱を畳んで、バスケットに詰めた。
 荷物を全部片付け終わり、二人してシートを畳む。
 桜の花びらがたくさん落ちていて、裏側には土埃も付いていたけど、大きく払うと周りの人に迷惑が掛かると思い、そのまま持って帰ることにする。
「うさちゃんこっち」
 シートをはたく場所を探してくれていた辰郎くんが、神社の柵の側に僕を連れて行った。
「こっち持ってるから」
 人のいない方に向けて、背の高い辰郎くんがシートを広げてくれて、僕は小さな枝や、桜の花びらを軽く叩いて汚れを落とした。
「あ、そうだ。うさちゃん、こっち持って」
 シートの片方を持たされて、促されるまま辰郎くんの真似をして、シートを高く掲げる。
 人がいないから大きくはたくつもりなのかなって、辰郎くんが腕を振るタイミングを待っていたら、広げたままのシートの中に入ってきた辰郎くんにいきなりキスをされた。
 シートに隠れるようにして、腕を高く上げたまま体を屈めた辰郎くんの唇が僕に触れている。
 吃驚したのと余りの早業に僕は目を閉じるのを忘れてしまった。
 素早く触れて、素早く離れた辰郎くんの唇は、僕の目の前で今は笑みの形を作っている。
「三度目の正直だ」
 その唇がそう言って、満足そうに笑っていて、僕は棒立ちしたままそれを見つめ続けた。
「うさちゃん?」
 シートの端を握ったまま、微動だにしない僕に、辰郎くんが聞いてきた。
 そりゃ、辰郎くんは三度目の正直で満足したかもしれないけど。
「あれ? うさちゃん? おーい、うさちゃん」
 僕は何が起こったのか分からなかったんですけど。
 目の前で大きな手をひらひらさせて辰郎くんが覗いてくる。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「うさちゃん?」
「……分かんなかった」
「え?」
「今の、早すぎ……て、全然分かんなかった」
 シートの端っこを握り絞めて抗議をしたら、ポカンとして僕を見ていた辰郎くんの顔が、大きな笑顔に変化していった。
「分かんなかった?」
「……うん」
「もっかい?」
「……できれば」
 僕の要望を聞き届けようと、辰郎くんが辺りをキョロキョロと見回した。
 もう一度広げられたシートの中に、僕の方から入ってみる。
 両腕で大きく広げられたシートの中の、辰郎くんの腕の中に自分からくぐって入る。
 見上げると、両腕を上げたままの辰郎くんが見下ろしてきて、膝を折って低くなった顔が近づいて来た。
 降りてくる唇を迎えようとゆっくりと目を閉じた。
 ふわり、と辰郎くんの唇が僕のに重なった。
 押し付けられた柔らかい感触を、今度はちゃんと感じることができた。
 真っ直ぐに上を向いている僕に合わせるように、体を屈めた辰郎くんが顔を傾けるようにしている。
 軽く触れてきたあと、もう一度押し付けられて、ちょっと吸われるようにされたら、ちゅ、と軽い音がした。
 離れる気配がしてそっと目を開けると、やっぱり笑った形の唇が目に入った。
 辰郎くんとキスをした。
 もう一度って言ったら、もう一度キスしてくれた。
 満開の桜の日、僕と辰郎くんは正真正銘の両想いになった。


novellist