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うさちゃんと辰郎くん
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「うめえっ! このプリン! めちゃうまっ!」
 マルガリータが叫んでいる。
 母さんはニコニコしながらお礼を言い、辰郎君は黙々とプリンを食べ、僕も黙って紅茶を飲んでいた。
 例によって例の如くのお勉強会。
 週明けにある実力テストに向けて、僕の家でやろうっていう計画を、地獄耳のマルガリータは聞き逃さなかった。
 そして母さんも相変わらず張り切って、今日のこの風景に至っている。
 男三人で教科書を広げるのには僕の部屋は狭すぎたから、畳のある客間でやっていた。
 なぜか母さんまでここでお茶を飲み、座卓の上には教科書と一緒に僕のアルバムが広げられている。
「この年はね、お遊戯会で作った衣装を着せたのよ。『どうぞのいす』っていう動物がたくさん出てくるお話で、うさぎの役だったのよね」
 白い耳をつけられた小さな僕が、オレンジのバケツを持って立っている写真を指さし、楽しそうに母さんが思い出話を語っていた。
 今日も試験勉強は遅々として進まない。
「あの、母さん、悪いんだけど……」
「あら、休憩終わり?」
 いや、休憩というか、ほとんどなにも始まっていないというか。
 お代わり用のポットを置いて、母さんはしぶしぶといった様子で自分のカップを持って出ていった。
 アルバムを閉じ、ノートを広げ、ようやく勉強会の体裁が整う。
「えー、勉強すんの?」
 マルガリータの態勢だけが整わない。
「ハロウィンかあ。ハロウィンってあれだろ? 仮装してお菓子もらって歩くんだよな。俺、そんなことしたことないや」
 名残惜しげにプリンの入っていたカップを掻き回し、マルガリータがなにやら不穏な笑みを浮かべた。
「『トリックオアトリート』ってさ……」
「まさか『お菓子あげるから悪戯させて』なんて、ベタなこと言う気じゃないだろうね」
 先回りしてそう言ってやったら、マルガリータはうっ、と詰まった。
「そーんなオヤジギャグ、俺が言うわけないじゃん!」
 どうやら図星だったみたいだ。
「そんなことよりさ、問題は別にあるわけよ」
 話を微妙に逸らしながら、今度は辰郎君にちょっかいをかけてきた。
「なあ、辰郎、いい加減白状しろよ。誰なんだよ、お前の付き合ってるやつって」
 問題集を解いている辰郎君のノートに相合い傘のいたずら書きをし、右側に「たつろう」って書いている。
 左側の空欄をぐるぐるに印をつけて、シャーペンでトントンと叩き、大きなはてなマークを書いてきた。
「学校中の噂よ? 誰も知らないっていうんだからさ。おーしーえーろーよー。なあ、委員長だって知りたいよなあ!」
 修学旅行に行った時、告白の呼び出しが頻発し、面倒になった辰郎君が爆弾発言をした。
 そのお陰で辰郎君の周りは静かになったんだけど、代わりにいろいろな噂が飛び始めてしまったのだ。
 マルガリータは真相が知りたくて仕方がない。
 そして僕は気が気じゃない。
 辰郎君は相変わらず淡々として大らかだ。
 大らか過ぎて、ときどきちょっと大胆で、僕は少しだけ困っている。
「俺、辰郎がこんな秘密主義だって知らなかったよ」
 まるっきり試験勉強をする気のないマルガリータが嘆いている。
「クラスのやつじゃないよなあ。旅行んときもずっと俺らと一緒だったし。下の学年? なあなあ。あ、やっぱり別の学校の生徒? 文化祭のとき来たとか」
 詮索の止まらないマルガリータを無視するように、辰郎君が問題集を解いている。
「なあ委員長は知ってんの? 辰郎の彼女のこと」
「え? あ、うーん、知らない」
 僕は辰郎君ほどキモが座っているわけではないので、こんな風に詮索されると、どうしたらいいのか分からなくて、ドギマギしてしまう。
 嘘を吐くのはやっぱり少し罪悪感があるし、かといって本当のことは絶対に言えない。


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