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うさちゃんと辰郎くん
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「はい、出来た。答え合わせして、宇佐美」
 マルガリータの対応に困っていた僕に、辰郎君がノートを渡してきた。
 丸付けをしている間、ポットからお茶を注いで飲んでいる。
「あ、俺にもちょうだい」
 マルガリータはここにきてから、プリンを食べ、お茶を飲むことしかしていない。
 しつこく彼女のことを聞かれ、のらりくらりと答えて笑っている声を横で聞きながら、赤ペンを走らせていた。
 修学旅行以来、学校では辰郎君の彼女が誰なのか、どんな子なのかってことが本当にしょっちゅう話題にのぼる。
 そろそろ受験シーズンが近づいて、外部を受験する生徒も付属に進学する生徒も、なんとなく浮かれた話題を避けるようになって、その中で唯一の明るい話題だとでもいうように、そのことを口にする。
 三年になって、僕は辰郎君と親しくなり、しょっちゅういっしょにいるから、当然僕にも矛先が向けられる。
 適当に答えてはいるけれど、今のマルガリータのようにしつこく訊かれて困ってしまうのだ。
 辰郎君は飄々としている。
 どんな子? って聞かれれば「すごく可愛い子」って答えるし、「そんなに好きなの?」って聞かれれば「すごく好きだ」って答える。
 たまに「どこまでいったの?」なんて聞かれることもあって、そういうとき辰郎君は黙って悪戯っぽく笑っている。
 その隣で僕は居たたまれない。
 学校で、放課後の教室で、部室のある生物室で、辰郎君はしょっちゅう僕に悪戯を仕掛けてくる。
 お菓子をあげてもあげてなくても悪戯されるから、とても困る。
 辰郎君は悪戯好きで、ときどきとても大胆だ。
 そういうことをされると、僕は困りながらも、やっぱりとても嬉しいんだけど。
 いつから自覚があったのかは、自分でもよく分からない。
 だけど、僕はちょっと周りの男の子たちと違うんじゃないかって気づきはじめた頃からずっと、知られたくないという恐怖心を持っていた。
 だけど今は、恐怖の種類が違う。
 僕は辰郎君が好きで、幸いなことに辰郎君も僕のことを好きだって言ってくれる。
 それはとても幸せなことだと思う。
 例えば、これから先、いろいろなことがあって、気持ちが離れることがあるかもしれない。人の気持ちは、どんなに努力をしてもどうにもならないってことだってあるだろうし、それ自体は仕方がないことだなとも思う。
 でも僕は、辰郎君が好きである限り、努力はしようと思っているし、臆病ではあるけれど、この関係を大切にしていきたいと思っている。
 だけど、僕たちの気持ちとは関係のないところで引き離され、別れてしまうのが嫌なのだ。
 理解のある人はたくさんいるだろう。
 それでも僕たちのような――僕のような人間は絶対的に少数で、どうやったって好奇の目に晒される。
 嫌悪する人だっているだろうし、無責任に同情されたり、応援されたりするのも屈辱だ。
 興味本位で近づいて来る人だっているだろう。
 僕は知られたくない。
 自分を守りたいっていう気持ちももちろんある。僕はそれほど強くないから。
 だけど、それ以上に辰郎君とそういう理由で離れたくないんだ。
 だから、僕たちはもっと慎重にしなくてはいけない。
 そういうことを辰郎君に分かってもらいたいんだけど、なかなか言えないでいる僕だった。


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