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うさちゃんと辰郎くん
52

 赤ペンを握りしめたまま、止まってしまった僕の手の甲を、辰郎君がチョンチョンって突いている。
「……終わった?」
 下から顔を覗いた辰郎君は、僕が目を合わせると、にこっと笑って白い歯を見せた。
「あとちょっと」
「間違ってる?」
「いや……満点、です」
 全部の答えに赤丸がついたノートを返し、それを受け取った辰郎君が「うぉー!」と叫んだ。
「やった。満点。俺はやった!」
 辰郎君の喜びようにマルガリータは唖然とし、僕はその理由を知っているから俯いた。
 耳が熱い。
 喜びまくっている辰郎君に、なにも知らないマルガリータが「おめでとう」って祝っている。
「ちょっとトイレ借りるな」
 そしてお茶を飲み過ぎたマルガリータが立ち上がった。
 なんてタイミングで出ていくんだ。
 慌てる僕の気持ちなんかまるで斟酌しないマルガリータが部屋を出て行き、襖が閉まると同時に腕を引っ張られた。
「あっ、ちょっと……んっ……」
 腕を引きながら伸び上がってきた辰郎君に口を塞がれる。
 座卓の向こう側とこっちとで、お互いに膝立ちになった状態で、座卓の丁度真ん中でキスをしている。
 チュっと音を立てて辰郎君が離れ、顔を倒してくる。
「ぁ……ん」
 僕も反対側に顔を倒し、もう一度合わさる。
 入ってきた舌を自分から絡め、吸ってから、僕も辰郎君の中に入っていく。
 お互いに合わさりながらも、耳は敏感に周りの音を拾い、いつでも離れられる態勢でキスをし続ける。
 なんか……こういうことに慣れてしまっている自分がちょっと……恥ずかしい。
 辰郎君がいろんなところでいろんなちょっかいをかけてくるから、僕も必死に応えるようになってしまった。
 それはもう、条件反射のようにすばやく辰郎君の要求に応えてしまう。
 両腕を掴まれたまま、辰郎君の唇が滑っていく。
「あ、ちょっと、駄目……」
 水音がして、マルガリータがトイレから出てくる気配がした。
「たつろ……くん、ほら、もう……や、ん」
 パタンとドアが閉まる。
「あ、あ、ちょ……辰郎く……っ」
 パタパタと足音が近づいて来る。
「やだ……って、も、あっ、そこ、くすぐっ……たい、やめ、て!」
 台所の母さんに呼び止められて、何か話している。
「ほんと、もぅ……駄目だ……って……ひぁ……っ、っ、そこ、やだ」
 お茶のお代わりを持たされているみたいだ。
「やぁっ、吸っちゃやだ、痕……付く……駄目、だめ……辰郎くん」
「おまたせー! お茶のお代わりいる人―?」
 襖が開くと同時にマルガリータが叫び、僕たちは何事もなかったように、座卓の両端に向かい合って座っていた。
「俺もトイレ」
 入れ替わるように辰郎君が部屋から出ていった。
 狡すぎるよ。辰郎君。
「なに? 委員長、どうした?」
 僕も……一人になりたい。
「顔赤くね?」
 ふるふると首を振りながら、座卓に突っ伏した。
 ああもう。
 明日の体育も見学になっちゃうじゃないか。
 体操着が着れないよ、辰郎君。


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