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うさちゃんと辰郎くん
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 バスケ部の主将をやっているときでも、辰郎君はそこそこの成績を取っていた。要領もよく、集中力もきっと僕とは比べものにならないものを持っているんだと思う。
「やっぱり凄いな。辰郎君は」
「そんなこともないけど」
「凄いよ。スポーツやってる人ってそういうところがあるのかもしれないね」
 いつか試合を観に行ったときに思ったことがある。
 制限時間ぎりぎりで負けていた僕たちの学校のチームは、それでも諦めず、結局逆転勝利を収めていた。ここで終わりだと思う前に、さあ、これからだ、と自分を切り替える術を身体で知っている。
「僕はそういうところが上手くない。ギアチェンジっていうの? そういうのがどうしてもゆっくりなんだよ」
 愚痴を言うつもりはなかったのに、いつの間にかグジグジと愚痴を垂れている。
 辰郎君はそんな僕の話を黙って聞いてくれていた。
「……ごめん。自分が不器用なのが悪いのに、愚痴言って」
「そんなことない。俺こそ、ごめんな。自分のペースでうさちゃん振り回しちゃって」
「違う! ホント! 僕がっ……」
 辰郎君を責めたいわけじゃない。本当に僕が悪いのだ。
 違う、違うと、何度も首を振る僕を、辰郎君がやさしい顔をして眺めている。
「どっちが悪いとかじゃなくて。じゃあ、こうしよう。どっちも悪い。俺もうさちゃんのペース考えなくて、自分がやりやすいようにやっちゃってたし、うさちゃんも俺に遠慮して、ちゃんと言わなかった。な」
 一件落着。恨みっこなし。辰郎君がパンと手を叩いて僕の反省を遮った。
「うさちゃんの言うとおり、俺ってガッとやってすぐ飽きちゃうタイプだからさ」
「でも、その『ガッ』が凄いよね」
「うん」
 敢えて否定をしない辰郎君が格好いいと思う。
「でも集中切れるともう全然駄目なんだよな。それ自覚してるから、その先に楽しいこととかいろいろぶら下げてここまでは! って、やるわけ」
「うん」
「成績上がったら、うさちゃんに次あんなことしよう、とか」
「ああ……うん」
「こんなこともさせちゃったり! とかっ」
「……そうだね」
 そしてそれを全部受け入れてしまっている僕だった。
「でも俺は、それこそうさちゃんみたいな持久力はないわけよ」
「そんなことは……」
「マジで。ないんだよ」
 俺もうさちゃんが羨ましいって、辰郎君が言う。
「それにさ、強い意志とか、こうなりたいっていう目標もないから」
「それはこれからじっくりと探していけばいいんじゃない?」
「うん。取りあえず、今の俺の目標はうさちゃんと同じ大学に行くってことだから」
「……ああ。うん」
「情けないだろ? 面接で『何故当校を受けようと思いましたか?』って訊かれたとき、それは言えないよな」
 確実に落ちると思う。
 僕にとっては光栄な動機ではあるけれど。
「俺はうさちゃんと一緒に勉強することで、モチベーションが上がるんだけど、うさちゃんは違うんだろ?」
「……」
「俺、ホント、マイペースで飽きっぽいから」
「でも……僕は」
 僕だって辰郎君と一緒にいられれば楽しい。
「ペースって人それぞれだからさ。それに受験が終われば一緒に大学にも行けるわけだし。まずはそこに焦点絞らないとな」
 明るい口調で辰郎君がてきぱきと提案してくる。
「受験終わるまで、学校以外では会うのを自重しよう」
「辰郎君」
 余りにも軽く言われて、その言葉にショックを受けてしまった。


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