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うさちゃんと辰郎くん
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 ペンケースをしまい、鞄を閉じたところで、別の教室で試験を受けていた辰郎君が僕のいる教室に飛び込んできた。
「帰ろうぜ」
 もう。なんかもう。試験が終わったのが嬉しくて仕方がないという様相で、手を振りながら僕の方に走ってくる。
 そりゃ、僕も、走ってって辰郎君に飛びつきたいぐらいに嬉しかったんだけれども。
「終わった!」
「うん」
「終わったな!」
「……はい」
「俺、すげえ頑張ったんだ!」
「うん。僕も頑張りました」
「そう。うまくいった?」
「うーん。どうだろう。でも、うん。落ち着いて受けれたし、今回はちょっと自信ある、かな」
 辰郎君がわほん、と笑った。
 本番までちょうど一ヶ月。結構な手応えを感じた今日の試験だった。
 二人連れだって試験会場から外に出る。
 外部受験をしないマルガリータは今日はいない。あちこちの学校からこの模試を受けに来ている生徒たちが、それぞれの集団を作って歩く中に僕たちもいた。
「行こっか」
 建物から出た途端、冷たい風に晒されて、マフラーに顔を埋めた僕に、寒さなんかどこ吹く風の辰郎君が笑いかけてきた。
 弁当持参で一日中試験を受けていた。時刻はまだ夕方だったけれど、建物から出ると、辺りの雰囲気は完全に夜になっていた。
 今日受けに来た試験会場は、僕たちの住んでいる地域からは少し遠く都心に近い。
 そんなに遅くはなれないけど、僕たちはこの辺で夕飯をとって、それからクリスマスのイルミネーションを観に行こうと約束していた。
 久々のデート。今日はお邪魔虫もいない。
 受験生の僕たちだけど、これくらいの楽しみはあってもいいはずだよね。
 試験が終わった開放感と、二人とも手応えがあったという充足感と、ほんのひとときの幸福感。
 辰郎君も同じみたいで、いつもに増して大きな笑顔を僕に向けて、弾むように大股で歩き、僕はそれを追いかけて、やっぱり跳ねるようにして隣を歩いている。
 変わらない二人の速度。
 歩きながら辰郎君が屈み込むようにして僕を見る。僕も首を伸ばして辰郎君を見上げる。
 見上げる先にはいつも大きな笑顔が乗っていて、会話は尽きない。
 駅前のバーガーショップに寄って二人でハンバーガーにかぶりつく。駅中の本屋に入り、使っている問題集の吟味をする。ホームで電車を待つ間も壁に並ぶ看板を見て笑い合う。旅行の宣伝写真を眺め、いつか行きたいなと約束した。


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