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うさちゃんと辰郎くん
59

 電車から降り、人の波に一緒になって流される。日曜の夜、カップルが向う先はきっと僕たちと同じ場所だろう。
 ビルが建ち並ぶ賑やかな駅前を通り過ぎると、突然景色が変わった。
「……わぁ……」
 光に飾られた木々が、広い道路の両脇に並び、ずっと先まで続いている。
 この景色を創るために、周りの建物は息を潜めるように灯を落とし、静かに沈み込んでいた。
 道の先は細く長く、はるか遠くまで続いているように見えた。
 先を歩いていた人達の歩調が弛み、僕たちも光の道をゆっくりと進んだ。
 抱き合うように寄り添って歩く恋人たちは、自分たちだけの世界に浸っていて、だから僕たちがそっと手を繋いでも、誰も気が付かないようだった。
「すげえな」
「うん」
 僕たちの声も自然と囁き声になる。
 どこまでも続くかと思われた道は、案外そうでもなくて、やがて終着点に辿りつく。
 緩やかな上り坂を歩いていた僕たちは、その下に広がる広大な光の草原を目撃していた。
 道の先、階段を降りたそこはイルミネーションによる庭園だった。低木に網のようにかけられた無数の電球が点滅してる様は、海の底のようにも見えた。
 光の海を泳ぐようにしながら、広い庭を散策する。
 風が吹くように光が流れ、そこかしこに置いてある小さなオブジェたちが、可愛らしい色を放ちながら顔を出していた。
 東屋のような小さな建物がポツリ、ポツリ、と建てられて、光に隠れるようにしてキスをしているカップルを見つけた。
 辰郎君と顔を見合わせ、邪魔をしないように静かに離れる。ひとつに気が付いてよく見れば、あっちでもこっちでも寄り添うカップルが顔を寄せ合っていた。
「竹内、連れて来なくてよかったな」
 マルガリータを連れてきていたら大騒ぎになっていたことだろう。鴨川観光をあれほど切望していた彼だ。東屋の周りで順番待ちをしたに違いない。
 今日の模試に出掛ける相談をしている僕たちに、「何時頃終わるの? 俺、迎えに行こうか?」と、言ってきたマルガリータだった。
 終わるのは遅いし、遊べる時間はないよ、と断ったとき、本当にしょんぼりしていた姿を思い出してしまった。ちょっと可哀想だったかな、とも思うんだけど。
 あちこちに飾られた、オブジェやツリーを見つけながら歩き、僕たちも空いていたベンチに座った。
 たくさんの光に包まれていても、人の姿は夜に溶け込むように暗く、僕たちに注目する人もいない。他のカップルたちと一緒、二つの影はたぶん普通の恋人同士にしか見えないんだろう。
「なんか信じられないよなあ」
 明るい声で、だけどやっぱり囁くように、辰郎君が空を見上げた。
「なにが?」
「だってさ。俺らさっきまでプレセンター試験とか受けてたんだぜ?」
「言えてる」
 今夢のような風景の中にいる僕たちの現実を思うと、後ろめたいと思うよりも先に、余りにもかけ離れすぎていて、可笑しくなってくる。
「あと一ヶ月だな」
「うん」
「絶対、受かろうぜ」
 辰郎君が握手を求めてきて、僕はそれを力強く握った。
「受かりたい」
「受かるの!」
「うん。受かる」
 力強く言われて、グ、っと手を握られ、大きく振られた。
 遠くの方から賛美歌が聞こえてきた。
 庭園の奥にあるステージで、キャンドルナイトが始まったらしい。
 澄んだ夜空と光の海に、賛美歌が流れていく。
 握手をしていた腕を引っ張られ、辰郎君が近づいてきた。
 目を閉じてそれを迎える。
 来年のクリスマス、僕たちはどこでキスをするだろうかと考えながら。


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