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うさちゃんと辰郎くん
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 予想を裏切ることなく母さんは大歓迎だった。
 夕飯は食べてくるよって言ったのに。
 テーブルの上には丸々太ったローストチキンがドンと置かれ、他にもちらし寿司やらサラダやらが盛りつけられ、たぶんここにいる人数の三倍の分量の料理が用意されていた。
 父さんも大歓迎だった。
 僕たちが帰ってくるまでお預けを喰らっていた父さんは、目の前の料理を眺めながら、昼ご飯の残りの切り干し大根をつまみにビールを飲んでいたらしく、リビングに入った僕たちを迎えた顔は、涙目だった。
 辰郎君が挨拶もなにもする前に「さあ、食べよう」と父さんがローストチキンにナイフを入れ、母さんは何を思ったのか「メリークリスマス!」と叫んでクラッカーを鳴らした。
 なぜこんなことに?
「あら、だってこんな日にお友達が来るなんて、幼稚園のとき以来だもの。お母さん張り切っちゃったわよ」
 呆然としている僕と辰郎君に、当然のように母さんが言う。
 ああ、そうだった。
 僕はここ最近受験と辰郎君とクリスマスプレゼントのことに熱中するあまり、母さんの性格のことを忘れてしまっていた。
 受験だ、模試だ、図書館だ、学校行事だと忙しくしていて、寂しい思いをしていただろう母さんが、日曜の、しかもクリスマスの日に僕の友達が泊まりにくるなんていうイベントを、楽しみにしないはずがなかったんだ。
「わぉ! すげえええ! 鶏だよ。すげえ! 丸焼き初めて見た」
 テーブルに置かれた料理に目を輝かせ、そう叫ぶ辰郎君を、母さんが嬉しそうに見ている。
 辰郎君は、図らずも僕の母さんにとても嬉しいクリスマスプレゼントをくれたようだった。
 夜十時。
 ささやかとは言い難い、クリスマスのディナーが始まった。
 母さんは部屋の電気を消し、蝋燭を付け、音楽を流し、ノンアルコールのシャンパンを開けた。
 姉ちゃんは今日は大学の友人たちとクリスマスイベントに参加している。
 欠食児童の辰郎君は、夕方に食べたハンバーガーをすでに消化していたらしく、旺盛な食欲を見せて母さんを喜ばせてくれた。
 父さんもやっとありつけた御馳走を堪能している。
 母さんの笑顔を見て、もう少し早くに帰ってあげればよかったかなっていう、ほんのちょっとした後悔と、せっかくのクリスマスの夜なのに、辰郎君に家族に付き合わせてごめんねっていう気持ちが芽生えた。
 だけど「んまいっ」と叫んで、いつか桜の下で弁当を平らげてくれたときの顔や、チーズフォンデュを珍しそうに楽しそうに食べてくれたときの顔や、プリンやチーズケーキを食べていたときの顔と、今の顔はおんなじで、ああ、辰郎君はどんなときでも楽しむ才能があったんだと改めて気づき、僕が気に病む必要なんか全然ないんだってことを思い出した。


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