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うさちゃんと辰郎くん
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 入れ替わりに僕も風呂に入り、リビングに戻ると、辰郎君が今度はケーキを食べさせられていた。
「……母さん」
 あの、今、もう十二時過ぎなんですけど。
 っていうか、辰郎君もよく食べられるなあ。
 父さんは明日の仕事のためにすでに寝室に入ったらしく、母さんと辰郎君二人で向かい合って座っている。
 呆れている僕に母さんは言い訳をするように「明日の朝ご飯に出そうと思ったんだけど、今食べられるって言うから」と言ってきた。
 朝ご飯にそれもどうかと思うけど。
 辰郎君はフォークに刺した最後のひとかけを、大きくあーんと開けた口に放り込み、もぐもぐと実に美味しそうに咀嚼していた。
「ご馳走様でした!」
 元気に挨拶をして、歯を磨き、二階に上がる。
 姉ちゃんはまだ帰って来ない。
 階下では母さんが後片付けと明日の準備のために水を使っている音がした。
 部屋に入ると、僕のベッドの下に辰郎君のために母さんが用意してくれた布団が敷いてあった。
 僕の部屋は狭いから、客間に二つ布団を敷けば? って言われたけれど、部屋がいいと断った。
 客間は広すぎて落ち着かない。
 襖はなんとなく心許ないというか、安心出来ないというか、密室という感じがしないし、それに、隣は両親の寝室だったから。
 辰郎君は持参したトレーナーとスエットを着ていて、母さんが敷いてくれた布団の上に胡座をかいている。
「随分遅くなっちゃったね」
 部屋の隅に置いてある、辰郎君の荷物を見て「明日の準備、大丈夫?」と聞いた僕に向って、胡座をかいたままの辰郎君が両腕を広げた。
 階下では母さんがまだ動いている気配がする。
 僕は足音を忍ばせるように辰郎君に近づき、広げてある腕の中に入っていった。
 胡座をかいている辰郎君に跨るようにして抱き付き、僕も両腕で辰郎君の頭を抱える。
 僕の胸に顔を埋めた辰郎君は、回した腕で僕の背中を撫でてきた。
 家の使っているシャンプーの匂いをさせている髪を唇で撫で、抱いていた腕の力を弛めると、同じように僕の身体の匂いを嗅いでいた辰郎君が僕を見上げた。
 えへへ、と笑っている唇にそっと自分のそれを当てる。
 噛み合うように軽く合わせ、それからどちらからともなく首を傾け、お互いに開いたまま、合わさった。
 下では母さんが米を研いでいる。流れる水音と、シャ、シャ、と米がこすれる音が微かに聞えた。
 顔の向きを変えると、辰郎君の鼻に僕の眼鏡が当たり、そっとそれを外される。
 僕の眼鏡を持った辰郎君が、どこに置く? と目で聞いてきた。
 いつもは寝る直前まで掛けているから、ベッドヘッドの目覚まし時計の横に置いている。
 辰郎君から眼鏡を受け取り、一旦彼の上から退き、いつもの場所に眼鏡を置く。それから、机の引き出しに隠しておいた袋を取りだして、もう一度布団の上に戻っていった。


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