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うさちゃんと辰郎くん
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 辰郎君が僕の手元を見つめている。ドラッグストアの黄色い袋をカサカサといわせながら中身を取り出した。
「……これ」
 近所の店では買う勇気がなくて、次に入った店でも買えなくて、何軒回ったかも分からない。こういうのってお酒や煙草と同じで年齢確認されるだろうかとビクビクしながら、でもあんまり挙動不審だと疑われちゃうかもと、平静を装う自分がすでに挙動不審なんじゃないかといつものように自意識過剰が働いて、大変な思いをした。
 ネット通販なんか使って、まさか母さんに見つかったら卒倒されそうで、どうしても自分で買うしかなくて、シャンプーやら整髪料やら、やたらと要らない物を買い込んで、そのついでみたいにカゴに放り込んでみたけど、警備員が見たらきっと万引きしようとしているように見えるんじゃないかと気が気じゃなかった。
「うさちゃん……」
 そんな大変な思いをしてまで手に入れてきたコンド……ッ……。
 を、辰郎君の手の上に乗せる。
 辰郎君はもしかしたら持ってるんじゃないかって思ったけど、「持ってる? 家に来るとき持って来てよ」なんて言えなくて、一応自分で用意してみたんだけど、これってすごい種類があって、洋服みたいにサイズもあって、SとかXL、とか、どうしていいか分からなくて、一応Mサイズを買ってから、別の店に梯子して今度はLサイズを買ってみたりして。
「うさちゃん?」
 ヒアルロン酸入りとか、なんでかチョコ味付きとか、薄ピタ、とか、ボコボコが付いてる、とか、種類が豊富で、でもあんまり吟味しているのも恥ずかしくて、やっぱり万引き犯みたいにして買ってきた。
「……こんなに……?」
 それから、一緒に使わなくちゃいけない備品というか、その、準備するための化粧品というか、姉ちゃんのを使ったら絶対に問い詰められると思ったし、どういうのにしたらいいのか分からなくて、まさかドラッグストアの人にも聞けなくて、ハンドクリームとベビーオイルと、なんかよく分からない化粧水みたいなのを三種類ほど買ってきた。こんなに買ってどうするの? って思うんだけど、だけど本当にどれを用意したらいいのか分からなかったから。
 袋の中から次々と商品を取りだして布団の上に並べている僕を、辰郎君が見ている。
 「……いっぱい買ったなあ」
 全部を並べ終わった僕に、辰郎君が感心したような声を上げた。
「や、全部使おうって思ったわけじゃなくて。あの、違う。どれ買っていいか分かんなくて」
 並べ終わってみると、自分でも呆れるくらいの量に、急に恥ずかしくなって慌てて言い訳をする。
 っていうか、こんなに大量に買い込んで、これじゃあ僕がもうやる気満々で準備していたみたいっていうか、お前勉強はどうしたんだ、どんだけ買い物に時間を費やしているんだよって突っ込まれても仕方がないっていうくらいの夥しい商品の数に、僕自身が唖然としてしまった。
 恥ずかしい。
「うさちゃん?」
 どうして僕は、ときどきこんなに恥ずかしいことをしてしまうんだろうか。
 しかも辰郎君の前だけで。
 ずりずりと後ずさりをしながら布団から下りて正座をした。
「うーさちゃん」
 部屋から飛び出したいけれど、行くところがない。
「うさちゃん。分かってるから。な」
 宥めるような声を出して、辰郎君が僕を呼ぶ。
「本当。そういうつもりじゃなくって」
「うん」
 おいでおいでと手招きされて、恐る恐るもとの場所に戻っていった。布団の上に並べられた商品を挟んで、辰郎君と向かい合う。
 そういうつもりないって、これだけの準備をしておいてする言い訳じゃないんだけど。
「大丈夫。……俺も一応、な」
 そう言って今度は辰郎君が自分の鞄を引き寄せて、ガザゴソといわせ始めた。
 出してきた袋は僕のとは違うドラッグストアの袋で、中身は僕と同じだった。
 数はシンプルだったけど。
「あ」
 子どものように、思わず声を上げてしまった僕に、辰郎君は笑って「な?」と、もう一度言った。
 辰郎君の用意した箱には「L」って書いてあって、そうか辰郎君はこのサイズなのかと胸に刻んだ僕だった。
「俺も一応。マジで、一応」
 辰郎君はそう言って、ちょっと照れくさそうに笑うのが可愛いかった。
 米を研ぎ終わった母さんが蛇口を閉めるキュ、っていう音が聞える。
 パタパタというスリッパの音が、階段の下辺りで止まり、僕たちの部屋を窺っている気配がして、僕たちは息を潜めて母さんの足音が去って行くのを待った。
 母さんが寝室に戻っていく気配がして、僕たちはお互いの顔を見つめ合った。


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