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うさちゃんと辰郎くん
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「宇佐美君はお餅幾つ?」
「あ、ええと……ふたつ、で」
「あらぁ、足りるの?」
「はい」
「辰郎は?」
「俺、六つ」
 夕飯にカレーを御馳走になり、これは恒例のことだからと蕎麦を食べ、そして餅をいくつ食べるのかと問われている。
 辰郎君は僕の倍量のそれらを平らげ、その上餅を六つ食べると言う。
 年末、大晦日の夜、僕は辰郎君の家に招待されていた。
 年が明けるのを待って、去年一緒に訪れた神社へ今年も初詣に行こうと誘われた。
 もちろん断る理由もない。
 辰郎君の家は神社から歩いて十五分ぐらいの一軒家で、両親と弟と住んでいる。辰郎君によく似た弟の大樹君は小学生で、お兄ちゃんである辰郎君のことが大好きらしく、「俺もむっつ食べる」と辰郎君の真似を言って、お母さんに笑われていた。
 お父さんはやっぱり身体が大きくて、笑い顔が辰郎君とそっくりだった。晩酌をしながらカレーを食べ、蕎麦を食べ、さすがに餅は入らないと言って、今はゴロンと横になって紅白を眺めている。
 大らかな家の雰囲気は辰郎君の雰囲気そのものだ。
 僕はそんな中で少し緊張しながら、辰郎君の家族と一緒にコタツに入り、大晦日の夜を迎えていた。
 お父さんがウトウトし始め、辰郎君は公言通りの数の持ちを平らげ、大樹君は結局半分をお母さんに食べてもらっているとき、玄関から賑やかな声がした。
 大樹君の学校の友達が迎えに来たのだ。
 所属している少年野球チームの仲間と初詣に行くらしい。コーチに付き添ってもらい、夜更かしを許された子ども達は、楽しくて仕方がないらしい。
「ダイー!」
 友達の呼び声に、大樹君は弾丸のようにコタツから飛び出し、「行ってきまーす」と元気な挨拶をして出掛けていった。玄関先ではお母さんが付き添ってくれるコーチによろしくよろしくと言っている声が聞える。
 大樹君たちに野球を教えているコーチはとても格好良いそうで、大樹君のお母さんはそのコーチのファンクラブの会長さんなんだそうだ。コーチにファンクラブがあるって凄い。そんなに格好良いのかと、僕もちょっと見てみたかったけど、コタツの中で辰郎君が手を握ってくるから見に行けなかった。
 ……お父さんがすぐそこで寝てるのに。
 お母さんが洗い物をしに台所に立った。
 お父さんは軽いいびきをかいている。
 辰郎君はそっと僕の隣に入ってきて、抱き締めながらキスをしてきた。
「……ちょ……っん」
 親のいる前での大胆な行動にドキドキしてしまう。
 僕を後ろから抱き込むようにして一緒にコタツに入り、僕の髪の匂いを嗅いでいる。
 コタツが熱い。
 湯気が出そうだ。
 キュっと蛇口が閉まる音がして、お母さんが戻ってきた。
 辰郎君は素知らぬ顔で元の位置に戻っていく。
「俺らもそろそろ出掛けるか」
 辰郎君が言って、僕は熱い顔を押さえながら頷いた。


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