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うさちゃんと辰郎くん
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「疲れない?」
「全然。大丈夫」
 カタン、カタタン、と響く振動を感じながら、窓の外を眺めた。
 旅行中全部が晴れ。今日も明日も雨の予報はない。
 京都から帰ったその足で、僕たちは千葉の房総へ向っている。家族には旅程を一日長く伝えてある。一緒に京都に行ったみんなにも、もちろん内緒だ。
「家、大丈夫?」
 家族に嘘を吐かせてしまった辰郎君が気にしている。
「うん。もしばれたら……謝る」
 三学期になってからずっと、辰郎君も僕も、目指す大学に合格するために頑張ってきた。会いたい気持ちを抑え、いろいろなことを我慢して、今日のこの日を迎えたのだ。
 母さんにも姉ちゃんにも、マルガリータたちにも少し罪悪感が残るけど、今日だけはどうしても一緒に出掛けたかった。
 電車に乗りながら、さっき帰ってきた京都の話や、これからの二人の生活のことを話した。
 受験、卒業の準備と慌ただしく、そのあとも部屋を決めたり買い物に出たりと、二人でゆっくり話す機会がなかった。
 家を出ていく僕のために、母さんがいろいろと世話を焼いてくれて、僕もそれに甘える形で親孝行をしていた。
 辰郎君と僕は大学近くの部屋に一緒に住み、一緒の学校へ通う。
 僕は憧れていた先輩と同じ道に進むために勉強するし、辰郎君は学校でこれから自分の進む道を模索する。
 この先にある未来は、今は明るく、大きく開かれていて、僕たちの胸は期待で一杯だ。悪いことなんかなにも起こらないんじゃないかという気持ちにまでなってくる。
 だけどたぶん現実はそう甘くはなくて、僕にも辰郎君にも挫折が待っているかもしれない。
 今はこうして二人でいられることを幸せだと思っていても、もしかしたら一緒にいることが辛く感じるときが来るかもしれない。
 だけど今はそのことは考えない。
 僕は臆病だけど、悲観的な性格でもない。先にある不幸を想像して、今不幸に浸ろうとは思わない。
 それに僕よりも楽天的な人が隣にいるから、そんなことを考える暇もないくらいだ。
「近くに花畑があるんだって。今は菜の花がいっぱい咲いてるって」
「そう」
「自転車借りられるって。それに乗って観に行けるよ。すぐ近くらしいから」
「うん。楽しみだね」
 マルガリータにもらったお菓子を頬張りながら、辰郎君が「楽しいな」ってほわん、と笑った。
 電車から降りて、駅の近くにあるスーパーで買い物をする。二人で一泊分の食料を買い込んだ。
 駅からタクシーに乗り、予約してあったホテルに到着する。
 フロントでチェックインをしたあと、玄関に用意された車に乗せられた。
 ホテルの敷地内にある広大な庭を車で移動する。ゴルフコースやテニスコートもあり、散歩が出来そうな森もある。
 僕たちの泊まる部屋は、ホテルの本館ではなく、その広大な土地に立てられたコテージだった。
 車から降ろされ、山小屋風の建物に入っていく。四人が泊まれるというその部屋には、ベッドルームが二つ、テーブルとソファが置かれたリビングとダイニング。広めの浴室が付いていた。
 キッチンには冷蔵庫も電子レンジも付いていて、自炊ができるようになっている。夕食や朝食はホテルの本館にまた車で迎えに来てもらって行くこともできるけど、僕たちはそこに行く気はない。その為の食材の買い出しだ。
 だって僕たちの目的は、観光ではなかったのだから。


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