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うさちゃんと辰郎くん
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 湯船に凭れている辰郎君の膝の間に、僕が凭れるようにして辰郎君に背中を向け湯に浸る。アヒルのおもちゃも一緒に入れられ、お湯の中で泳いでいた。
 僕の肩を撫でるようにお湯を掛けながら、辰郎君が撫でてくる。
 力を抜き、目を閉じて、辰郎君に全部を委ねる。
「やっと二人っきりだ」
「うん」
 浴室に声が反響する。
「いっぱい、しような」
「うん」
「誰もこないし」
「そうだね」
「竹内もいないし」
 その言葉にぷっと吹き出す。
「マジ、邪魔されっぱなしだった」
「本当だ」
 でも、そのお陰で僕たちは気兼ねなく一緒にいることも出来た。いつも二人でいることを不審に思われやしないかとビクつく暇もなく、マルガリータが飛び込んできた。そして染谷君や他のクラスメートと一緒になって、ガチャガチャと騒ぐことも出来た。
 辰郎君と両想いになれてとても嬉しい僕だけど、その辰郎君を介してたくさんの友達もできた。
 高校二年のあの冬まで、僕は本当に目立たない存在で、人気者でどちらかというと騒がしいグループだった彼らとは、クラスメートという繋がり以外は、連むことはないだろうなと思っていたのだ。
 羨ましいなと遠くから眺めてはいたけれど、遠い存在として納得し、僕だけの小さな世界で満足していたことだろう。
 それが、学校の行事では常に辰郎くんのグループに引っ張られ、ガチャガチャとみんなで騒いだ。
 僕の家での勉強会では母さんが張り切り、修学旅行の買い物にも出かけた。
 たった一年の間に、僕の世界は小さな自分だけの空間から、大きく広がったんだ。
 辰郎君のお陰で。
 たぶん、彼と一緒にいれば、これからもそういう世界が見られるだろう。僕だけでは到底作ることの出来ない関係を、彼が手を引いて手伝ってくれるのだ。
「高校三年間、特に後半から、僕、すごく楽しかった」
「うん。俺も」
「辰郎君のお陰だよ」
 僕がそう言うと、辰郎君は「えー、俺ぇ?」と、楽しそうな声を上げた。
「本当。辰郎君と一緒じゃなかったらこんなに沢山の経験出来なかったと思う」
「そんなことないって」
「いや、本当。すごく感謝してる。ありがとう」
 心からの感謝をこめてお礼を言うと、辰郎君が後ろから抱き締めてきた。
「うさちゃんはそういうところがほんと、すごいな」
 ゆっくりと僕の身体を撫でながら、溜息のような声が聞えた。
「俺も、うさちゃんとこうなれて、自分で変われたなって思う」
「そうなの?」
「うん」
「そしたら、嬉しいな」
 僕が辰郎君との出会いで変われたように、辰郎君もそう思ってくれているということが、本当に嬉しかった。
 お湯がチャポンとはねて、アヒルが揺れている。辰郎君がそれを手に取って僕の顔に近づけてくる。アヒルの口が僕の唇にくっついてきた。
「……辰郎君」
「うん?」
「ちょっとのぼせた」
「上がる?」


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