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うさちゃんと辰郎くん |
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今日の学校は全体的に浮き足立っている。 女の子たちの固まりが、きゃっきゃ言いながら廊下を走っていく光景があっちでもこっちでも見かけられる。 今日が月曜日だったこともあるのか、去年よりも賑やかな気がする。 バレンタインデーなんて当然関係のない僕は、いつもと変わりなく、教室の自分の机に座り続けているが、辰郎君は授業が終わる度に廊下に呼び出されて忙しそうだった。 僕の隣には、マルガリータもいて、そわそわしながら廊下の喧噪に耳を傾けている。 今年こそは俺の時代がやってくるはずと、持ち帰り用にわざわざ大きな紙袋を持参したマルガリータを、周りのみんなは受けを狙ったんだと笑っていて、一緒になってマルガリータも笑っている姿がちょっと哀れだと思っている僕だった。 お昼になって、辰郎君の呼び出しがますます頻繁になっていく。 ゆっくり食べられないなあ、なんてぼんやりとその後ろ姿を見送りながら、母の手作り弁当を頬張っていると、マルガリータが血相を変えて僕を呼びに来た。 「おい、委員長、ご指名だぞ。じょ、女子が来てる」 警察にでも踏み込まれたかのような形相でそう言ってくるマルガリータに首を傾げ、廊下に出たら、生物部の後輩が立っていた。 なんだ。ちょっとドキッとしたけど、後輩からの義理チョコだった。 1年生の三田さんは、僕たち生物部の唯一の女子部員だったから、たぶん気を遣ったんだろう。 「これを、先輩に」と言って渡してきた小さな包みを「ありがとう」とお礼を言って受け取った。義理とは言えやはりこういうのは素直に嬉しい。 「手作りは出来なかったんですけど」 小さくなってそう言う三田さんに「そんな気を遣わなくったっていいよ」と言ったら、彼女はちょっと赤くなってもじもじしながら俯いてしまった。 ……これは、ひょっとして、いわゆる「本命チョコ」だったりする? 三田さんの態度に僕までおろおろしてしまう。 え、でももし本当にこれが「本命チョコ」というものなら、僕は受け取ってもいいんだろうか。「本命チョコ」っていうのは「本命」っていうだけあってこれは告白みたいなものだから、チョコに気持ちを託して「私の代わりにこのチョコ食・べ・て(はあと)」みたいな意味合いになるわけで、いやいや、僕には実はもう心に決めている人がいるわけで、あ、決めてるっていっても決めてるのは僕だけで、向こうは全然なにも決めてるわけじゃなくて、今も呼び出されてその中からきっと決めるんであって、僕なんかがここでヤキモキしてもしょうがないんだけど。 「あの。他の先輩にもあげてるので、全然本命とかじゃないですから」 僕の思考を遮るように三田さんがきっぱりと言った。 「……ああ、そう。そうだよね。うん。ありがとう」 力いっぱい否定されて、有り難いやら力が抜けたやら。 「でもお店で可愛いストラップ見つけて。先輩に似てるなって思って……」 小さな紙袋の中身を覗いたら、眼鏡を掛けたウサギの人形が入っていた。 「ウサギだ。僕に似てる?」 「はい」 もう一度ありがとうとお礼を言って、チョコの包みとウサギのストラップを受け取った。 彼女には来月何かお返しをしないといけないな、なんて考えながら戻ってきた僕を、マルガリータが羨望の目で出迎えてくれた。 もらったストラップを見て「いいな、いいなー」と騒いでいる。 せっかくだから使わせてもらおうと、自分の携帯にそれをつけることにする。 先に付いていたもう一つの飾りと一緒に眼鏡のウサギがぶら下がった。 先に付けてあったストラップも、偶然というかなんというか、ウサギだった。 これは先週、姉ちゃんの買い物に付き合った時に見つけ、一目惚れして買ったものだ。 大学の吹奏楽部に所属している姉ちゃんの大量の義理チョコ調達に付き合わされ、溶かしたチョコをかき回したり、型に流し込んだり、飾り付けをしたり、ラッピングをしたり。 これは全部僕が用意したんですけど、と、吹奏楽部の人たちに訴えたいぐらい、全部やらされた。 買い物に付き合わされて、荷物持ちをしていた僕は、別のフロアをウロウロしていて、これを見つけたのだ。 ひょうきんな顔をしたウサギが、バスケットボールを脇に抱え、ピースサインをしていた。 ユニフォームも着ているそのウサギがなんとなく可愛くて、どうしても欲しくなって買ったのだ。 僕の買ったピースサインのウサギの隣りに、三田さんにもらった眼鏡を掛けたウサギが並んで揺れていた。 今年はうさぎ年だし、僕の名字が「宇佐美」だからというわけでもないだろうけど、なんとなく最近うさぎづいているなと、揺れている二つを眺めてそう思った。 |
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