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月を見上げている
10

 生まれた時からずっと一緒だった。姉貴と樹と、三人でいつも遊んだ。いつから好きだったのかもわからない。ずっと、ずっとあの人だけを見ていた。
 優しくて、優しすぎて、弱い人だった。
「そっか。年上か。で?」
「で?」
「だから、その相手とどうなったのよ。隣なんだろ? 告白して玉砕したとか、付き合ったけど幻滅されたとか、言わずして失恋したと「どれをとっても碌な結果になってないけど。俺の方から振ったとかいう選択肢はないのかよ」
「あるのか?」
「……実は、ない」
 かか、と笑われて、そうだろうなと折田が納得している。
「すげえ好きだったから。今も隣に住んでる。でも終わった。もうすぐ……人のものだ」
 ふうん、そっか。と立ち上がって今度は折田が冷蔵庫を開けた。
「ま、初恋っていうのは、そういうもんだよな」
 ほれ、とビールを渡された。
「でも、俺は嬉しいよ。お前が人並みな恋愛感情を持ってたことがさ」
「なんだよそれ。俺だって恋ぐらいしますよ」
「ま、そうだよな。でもさ、終わる恋があるから次があるわけで」
 なんだか折田らしくない慰められ方をされた。
「大丈夫だって。お前、口利かなきゃ。整った顔してるんだからさ。その無愛想君が少し緩めばさ、すぐに彼女の一人や二人出来るって」と、軽く背中を叩かれた。
「無愛想君って、なんだよそれ。口利かなきゃって、全然駄目じゃん」
 欲しいのは新しい彼女じゃないし。
 本当に欲しい物は、絶対手に入らないし。
「折田さんもさ、人の事気にしてないで、自分がちゃんとしろよ」
 えー俺? あはあはと笑う顔が憎らしくなってきた。
「その鈍感で無神経な性格を治さないと、傍にいる人に愛想つかされますよ」
 斉藤の小さな姿が浮かぶ。
 あんなに一生懸命に伝えているじゃないか。
「そうかなぁ? 俺、無神経か?」
 他人事みたいに暢気に笑う鈍感男に、そうだよ、バーカ。と悪態をついて、一気にビールをあおった。
 いつもより苦味の強いビールをもう飲む気もしなくなって、ごろりと横になる。
 酔っ払ったか? と、いつものように頭に手を置かれて、振り払うように寝返りをうった。
 大きくて乱暴なようで、そのくせ優しいこの掌がいつか自分以外の誰かを愛でるのかと想像して、呑み込んだはずのビールの苦味が胸に広がってきて、樹はぎゅっと目を瞑った。

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