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月を見上げている
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 浅草橋界隈の季節は他所よりも早く訪れる。
 季節物のディスプレイ用品を扱う問屋の並ぶ町並みでは、秋の初めにはすでにクリスマスの飾り付けに入っている。
 あれからも何度か折田と樹はお互いの部屋でドラマの鑑賞会をやっていた。
 一度に観るのは大体二、三話で、後はビールを飲みながら取り留めのない話をする。
 毎週会いたいと思ったが、樹は二度に一度、三度に一度と間を空けた。
 ドラマは着々と最終話に向けて進んでいく。
 少しでもそれを遅らせたかった。ドラマを観終わってしまえばもう、部屋を行き来する事もなくなるだろう。
 斉藤は相変わらず折田と行動を共にしている。なんとなく二人の空気が自然なものになっていると感じるのは気のせいなのか。
 折田の樹に対する態度も変わらない。樹も自分の感情を隠して振舞うのに慣れてきた。もともとあまり顔に出ない性質だ。時々、その感情の揺れ幅が大きく振れる事があっても、傍目には不機嫌としか映らない。 
 それでも会社で、駅から歩く道で、もしかしたらと折田の姿を捜す癖は治らない。
 樹の部屋には折田が持ち込んだ着替えやパジャマ、歯ブラシなんかのこまごました物が増えていった。
「なんだか半同棲みたいじゃねぇ?」
 屈託なく笑う折田に「何言ってんだよ。気持ち悪いなあ、もう」と、そっけなく答える。顔が赤くなるのを隠す為に、冷蔵庫にビールを取りに行く。何度もお互いの部屋を行き来していくうちに、樹も会社以外ではため口をきくようになっていた。
 ドラマは終盤に入っていて、多分今年中にこの鑑賞会も終わりになるだろう。
 樹の想いを抜きにしても、いいドラマだった。観てよかったと思う。
 子供たちの大自然での奮闘に笑ったし、ほのかな初恋の気配にふっとため息が漏れたし、家族や友人の熱い想いに思わず涙ぐんだりもした。
 そんな様子を折田は楽しそうに眺めていた。
 バツが悪くて「なんだよ。ちゃんと観ろよ」と恨み言を言っても「俺は何度も観たからいいんだよ。それよりお前観てるほうが楽しいぜ」などと、人の悪いことを言っている。
 からかうように顔を覗き込まれて、よーし、よーしと、頭を撫でられるのにも、もう慣れた。
「最終話は号泣ものだぜ。楽しみだな」
「……そうだね」
 楽しい時間ももうすぐ終わる。
「続きはさ、ビデオ屋で借りようぜ」
「続き?」
 ドラマの続編が何本かあるのだと言う。
「お前ん家の駅の傍にビデオ屋あんだろ? あそこで借りてさ」
 もう少し鑑賞会が続けられるのかと、ほっとする。
「子供らが成長してさ、就職したり、結婚したりするんだ」
 単発で話が進んでいるらしい。
「一発目の『初恋』っつうのが、またいいんだよ。なんつうの? 甘酸っぱくってさ」
 まるで似合わない言葉を吐くのに、ちょっと笑ってしまった。自分でもそう思ったのか「なんだよ。俺だってそういう純真な話に切なくなったりするわけだよ」と、憮然としてビールを飲んでいる姿が何だか可笑しかった。
 だから、ちょっと口が軽くなってしまったのかもしれない。
「まあ、初恋ってさ、だいたい実らないもんだから、切ないんだろうな」
「なになに、お前も切ない初恋したくち?」
 好奇心丸出しで聞いてくるのに、あー失敗したな、と思ったけれど、そのきらきらした目に、あんたの方が犬みたいだよと、顔が緩んだまま、うん、と頷いてしまった。
 もう少しこの鑑賞会が続くのだと分かって嬉しかったからかもしれない。長い期間一緒に過ごして、リラックスし過ぎたのもある。
 隣に座るこの男への恋情を知られてはならないと構える心と、甘えてしまいたい気持ちとが同時に樹の中に存在していた。
「どんな奴? やっぱあれか? 学校の先生とか?」
 折田の初恋は先生だったのだろうか。想像が出来て、微笑ましい気持ちになった。
「違う。幼馴染み」
「おー。王道だな。同級生か」
「二つ上。生まれた時からのお隣さん」
「そっかー。お前、姉ちゃんいるって言ってたもんな。そっちと一緒か?」
 それには答えないでおく。黙って笑っているのを肯定ととったのか、一人で納得している。

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