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月を見上げている
11

 師走に走るのは先生達ばかりじゃない。
 樹も営業所の人達も、散歩をしている犬までも、忙しなく走っているような気がする。
 鑑賞会は最終回を待たずに年末に突入しようとしていた。
 製品の年内搬入の調整と、決算と、営業先との忘年会で、土日もないような毎日が続いていた。折田とも朝挨拶したきり、退社するまで顔を合わすこともない日がもう日常化している。
 クリスマスイブは恋人と、なんて言っている奴はよっぽど暇なのかと、浮かれた街を疲れた足取りで、別に約束している恋人もいないんだがと、一人で自問自答しながら営業先から一旦社に帰って来た。
 ビルの三階にある営業所内に入ると、久しぶりに折田の姿を見つけた。相変わらず斉藤とコンビでいる。一足先に帰ってきたと思われる二人は、コートを着たまま入り口付近に立っていた。さすがに折田も疲れた顔をしているようだ。
「なんかなあ、毎年の事だけど、今年は特にしんどいよ」
 珍しく愚痴るのに「だからぁ、私一人でも回れるって言ってるのにぃ。折田さん、私のこと信用しなさ過ぎですぅ」
 甘えた声で斉藤が抗議をしている。
「お前、どの口で信用しろっていうんだよ」
 樹から見れば、斉藤も大分しっかりしてきたと思っていたが、折田にはまだ不安が残るらしい。ちょっとしたお使い程度の事は任せても、折田は斉藤に大きな仕事を一人でさせない。まだまだだということなのか。
 それだけではないのかもしれないが。
 所長の柴崎が、ちょっと、ちょっと、と樹を呼んだ。なんだかいつもと様子が違う。なにか失敗でもしたのかと、柴崎のほうへと歩いて行く。それを折田もじっと窺っている気配がした。
「さっきさ、久島君のお姉さんだっていう方が見えてね」
 あっと思った
 そういえば、短大時代の友達に会うから上京するとメールがあったはずだ。忙しさにかまけて忘れていた。慌てて携帯を出す。マナーモードになっていた携帯には、不在着信が五件入っていた。全然返事もよこさない弟に、業を煮やして会社まで来てしまったらしい。
「連絡つかないって言ってたよ。ここに滞在しているからって、メモ、預かったから」
 すみません。とメモを受け取った。
「後で連絡してみます。ご迷惑をおかけしました」
 頭を下げる樹に、いやいやと手を振りながら、なおも何か言いたそうにしている。
「あの、お姉さんってさ……」
 所長の言いたいことの先が分かって、ああ、と苦笑した。
「そっくりだったでしょ? 僕ら、双子なんですよ」
 やっぱりねー。と姉に会った所内の人たちが頷きあっている。
 そう。そっくりなのだ。
 二卵性なのに
 性別も違うのに
 体格こそは違うけれど、髪の色、目の形、全体的な雰囲気が忌々しいほどに似ている。それでどれだけ嫌な思いをしたことか。
「美人だったよ。ご姉弟だから、似ているのは分かるんだけどさ。ちょっとびっくりしたよ。久島君が女装したのかと思ったもの」
 興奮して話しているみんなの横で、好奇心丸出しでその話を聞いている男がいた。

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