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月を見上げている |
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何もかもかなぐり捨てて、必死に縋ってくる樹を、浩一は拒まなかった。 それからの二年間は、樹にとってこの上なく幸福な時間だった。 欲しくて、欲しくて、どうしても手に入らなかったものを手に入れた。 彼の為になんでもした。浩一と一緒にいる為だけに過ごした二年間だった。 時折見せる、後悔と罪悪感に満ちた眼差しを向けられても、あなたはなにも気にしなくていいと、とても幸福だと言い続けた。本当に幸せだったのだ。これが最後でもいいと思うほどに。 どんな無理でも出来ると思った。 けれど、無理はやがて歪みを生み、その歪みは優しい人を傷つける。 ひたすらに自分に愛を注ぎ続ける樹に、その愛を返せないことに苦しみ、自分自身を責めていった。 気にする必要も、罪悪感を持つ必要も何もなかったのに。ただ、ひたすらに注がれる樹の愛を、垂れ流しの愛を、受け取って、そして捨ててくれるだけでよかったのに……。 それでも優しい仮の恋人は、恋人の振りをするのに疲れ果てて、本当に自分の愛する人を恋しがり、それをすれば樹が傷つくことを思って、自分自身が深く傷ついた。 大学を卒業して札幌に帰るようにと説得をしたのは樹だった。 東京を離れる前の晩、浩一は樹を抱きながら泣いた。 ごめんな、ごめん。 何度も謝って、涙を流した 謝ることなんか何もないのに。 夢のような二年間だった。後悔することなんか、樹はなにもなかった。 「初恋って実らないもんなんだってさ。でも、浩ちゃんは実らしてよ」 約束だよと、恋人のふりをしてくれた優しい幼馴染に、最後のキスをした。 初恋の終わりのキスは、しょっぱくて、苦くて、それでもほのかに甘かった いつの間にかビールがまた温くなっている。 新しいのを取りに行こうかと身を起こそうとして、樹は初めて自分が折田の腕の中にいることに気がついた。 やさしく頭を撫でられている。知らないうちにかなり飲んでしまったらしい。浩一の話をしながら、懐かしい感覚に身を委ねて、気持ちよく折田に寄りかかってしまっていた。 「折田さん、やばいって、この状況」 ふざけた口調で言う。冗談でかわさないと、自分を保っていられない。 それなのに、折田は手を離そうとしない。 「おーい。わかってんの? 俺、ゲイなんだぜ。見境なくなったらどうすんの?」 わざと自嘲めいことを言って、折田の腕から逃れようとした。 それでも折田は意地になったように力を強めてくる。 「ま、俺がその気になっても、無理か。そのガタイじゃ、押し倒すったって、反対に返り討ちだな」 笑って冗談を言うのに「そういう、自分を貶めることを言うな」と諭される。 「後悔ないんだろ? だったら、いいじゃねえか。忘れちまえとは言わねえけど、これが最後だなんて、言うな」 な。とまた抱き込んでくる。 不器用な人は、これしか慰め方を知らないとでもいうように、優しく樹の頭を撫で続ける。 優しすぎて……困るんだよ。 「慰めてくれるんだ?」 縋りつきたくなるじゃないか。 「じゃあ……あんたが忘れさせてくれんの?」 その優しさにつけこみたくなるじゃないか。 樹は初めて自分から、その腕を折田の背中に回した。 折田の動きが止まる。 「忘れさせてよ」 大きな腕の中に自ら顔を埋めて、甘く囁く。 「……一晩、あんたの体……俺に貸してよ」 |
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