INDEX
月を見上げている
19

 静かに樹の腰が揺れ始める。夢中でその腰を掴んで、動きを助けるように支えてやる。
 知らずに力が籠り、指が食い込んでいく。相手が女性だったら、もう少し手加減をする冷静さが残ったかもしれない。だが、痛みすらも喜びに繋がるのか、樹の動きは激しくなっていった。
 より深いところまで繋がりたくて、大輔は腰を浮かして突き上げた。
「ああっ」
 耐え切れなくなったように樹が声を漏らした。初めて聞く樹の喘ぎに、大輔の欲望が大きく、硬くなっていく。
 もっと聞きたい。
 啼かせたい。
 声が涸れるほどに喘がせたい。
 それなのに、樹はそれきり唇を固く閉ざして声を封じ込めた。前傾姿勢になって自分のモノを握っている。大輔同様に感じて勃ち上がっているだろうそれも、脱がないTシャツの下に隠れて大輔には見えない。
 声も、姿も、まるで自分が男であることを隠すように、樹は大輔の目に自分を晒す事を拒んだ。
 隠さなくてもいいのに。
 我慢する必要なんかないのに。  
 樹が男だと分かっていて抱いているのだ。
 分かっていて、こんなに感じているのだ。
 そう伝えたくて、両の腕に力を込めて揺すってやる。
 切なげな吐息だけを漏らして、やがて絶頂の兆しを感じた樹の体が倒れこんできた。ビクビクと痙攣するように身を震わせて、自分の手の中に放つのがわかった。連動するように、大輔を呑み込んでいた狭間が、複雑な動きで締め付けてくる。脳天まで響くような、痺れにも似た快感が駆け抜けた。引き抜く余裕を失ったまま樹の中で大きく弾けた。
 しばらく無言のまま重なり合っていた。荒い息が少しずつ整っていく。ぐったりと力の抜けた体が大輔の上に乗っかったままだったが、重さは感じなかった。
 一つ息をついて、樹は身じろぐと、繋がっていた場所から離れていった。「……んっ」と小さく漏れた声に、新たな情欲を掻き立てられて、離れてしまった胸の重みが恋しくて、大輔はもう一度樹の腕を引き寄せた。
 仰向けになったまま、樹の、女とは違う硬い体を胸に抱いて、その頭を愛しさを込めて撫で擦る。大輔の胸に顔を埋めたまま樹は動かない。
「……あー、中に出しちまった」
 間に合わなかったことをそんな風に口にした。樹の体の負担を思ってのことだったが、樹は「ああ」と、どうでもいいような声を出した。 
「別に、妊娠する訳じゃないから」
「それは……そうだけど、大丈夫か?」
 手の動きは止めなかった。何が可笑しいのか、今度はくすくすと笑っている。
「なんだよ」
 照れくさくて声が自然と怒った調子になった。だが、手の動きはそれとは裏腹に、優しく樹の髪を撫でていた。
「そんなだからさ……」
 言葉の続きを待って顔を覗きこむ。けれど樹はその先を言わなかった。代わりに「シャワー浴びてくる」と言って静かにベッドから離れていった。
 照れているのだと思った。自分だってそうなのだから、樹も同じだと疑わなかった。
 遠くの水音を聞きながら、いつの間にか眠っていたらしい。柔らかい感触にふと引き戻されて、またすぐに深い所へと落ちていく。
 湿った暖かい物が体の上を流れるように滑っていく。気持ちの良い感覚に、頭は起きようと思うのに瞼が逆らう。夢心地で、ああ、体を拭いてもらっているのだと解る。愛しさがこみ上げてきて、力の入らない腕で引き寄せようと、対象物を探す。彷徨わせているうちに、タオルと違った感触のものにそっと包まれた。
 捕まえたことに安心して大輔はまた深い眠りの淵に落ちていった。

novellist