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月を見上げている
20

 捕まえたと思った。あの時は完全に溶け合ったと思っていた。
 それなのに、朝のあの態度はどうなんだ
 出社しても、お互いに営業で外に出ているので会う事は出なかった。それからも年末のばたばたした時期ではゆっくりと話すことも叶わず、すれ違いが続いた。
 年が明けてもすれ違いは変わらない。やっと顔を合わせて、相変わらずそっけない。忙しくても、これほど会う機会がないというのは今までになかったことだ。
 避けられているのか? でも、なんで? 訳がわからない。
 このまま転勤してしまったら、すれ違いはそのまま大きな亀裂となって、二度と合わさることがなくなるような気がする。でも、捕まえようにも避けられているように感じられる樹の態度にその方法が見つからない。
 いらいらしたまま、無意識に手に持っていた箱の包装をびりびりと破り、中に並んだ茶色い毬藻のようなチョコを、バリバリと噛み砕いた。
「折田さぁん。ちょっと、それ、せっかく綺麗に包んであるのにぃ。お手紙も読まないで酷いじゃないですかぁ」
 斉藤が足元でぷりぷり怒っている。ああそうか。これ、今こいつに貰ったんだっけ。
「手紙だあ?」
「そうですぅ。ほら、こ・れ」
 無残に破かれた紙を縛っていたリボンに挟まれたカードを渡してくる。

 ――折田さんへ
  いつもお世話になってまーす
  これからも
  よろしくお願いしまーす

 体型と同じちんまい字で、これからも迷惑をかけるからよろしくと宣言されている。
「……まったく、俺は今それどころじゃねえのによ」
 そろそろ自分の面倒ぐらい自分で見ろよと説教する前に、斉藤は何かを見つけてコロコロと駆けていった。
「久島さぁん」
 呼び止められて、足早に帰ろうとしていた樹が足を止めた。
「はい、これ。貰ってください」
 うふっと小首を傾げてチョコを渡している。
 なるほどチョコボールではなかったが、サイコロの形をしたそのチョコは駄菓子だった。
「……ありがとう」
 複雑な顔で御礼を言って、後ろに立っていた大輔のほうへ目を向けた。じっと大輔の手にある毬藻の並んだ箱を見ている。明らかに差のある二つの贈り物に、どう思ったかは知らないし、気にする奴でもないと思う。そんなことより、ここであったが百年目と、腕を掴んで廊下の隅まで連れて行った
「てめ、よくも避けやがったな」
「別に……避けてないですよ」
 掴まれていた腕を擦りながら相変わらずの仏頂面で睨まれた。
「ほんとかよ」
「本当です」
「……ふうん。まあいいや。そんで、どうすんの?」
「何が?」
「なにがって……DVDとかよ。まだ残ってるし。観ないのか?」
 本当はもうDVDなんかどうでも良かった。ただ他に誘う手立てが思いつかない。二人きりで会いたい、会ってまたアレをやりたい、なんて恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。
「今週末は?」
「俺、セミナー受け始めたんです」
「セミナー? なんの?」
「コンピューターとか、他にもちょっといろいろ。システムもどんどん変わっていくし」
 そういえばこいつシステム希望だったっけ。
「それから英語と韓国語も」
「なんでそんな急に?」
「別に、急にじゃないけど、これから必要になるかも知れないし」
 それはそうだ。大輔に反対する理由はない。
「だから忙しくて。しばらくは体空きそうにないんで。休日は一人でゆっくりしたいし」
 正当な理由を述べて、まっすぐに見返してこられて反論の余地を失う。
 だって
 でも
 お前は俺に会いたくないのか?
 聞きたい言葉を口に出せない。じゃ、お疲れ様と、そそくさと離れられて、追いかける理由も思いつかずに、その場に阿呆のように立っていた。
「あ〜あ、振られちゃいましたねぇ」
 他意はないのだろうが、振られたという言葉にギクリとして振り返ると、斉藤が後ろに立っていた。
「久島さん、最近頑張っているみたいでぇ、所長も期待しているみたいですよ。ポスト折田だって。久島さんもその気なんじゃないですかねぇ?」
 その気って、どの気?
「だって、最近の久島さん、凄く輝いているっていうかぁ、なんか色気がでてきたっていうかぁ」
 それは認める。
「私もぉ、ちょっと、ときめいてるんですよねぇ」
 それは駄目だ。
「さっきチョコあげる時も、ドキドキしちゃいましたぁ」
 それであのチョコなのか? 駄菓子だぞ。
 不思議な気持ちで見下ろしていると
「あ〜、もしかして、やきもち焼いちゃいましたぁ? 大丈夫ですよぉ。折田さんには、ちゃんとしたチョコあげたじゃないですか」
 安心してくださぁい、きゃっきゃっと笑って返してきた。
 いや、全然心配なんかしていないから。むしろ心配なのは……そこまで考えて、大輔はまた溜息をついた。 

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