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月を見上げている |
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営業所勤務最後の金曜日に、社の人たちによる送別会を開いてもらった。いつもの飲み屋、酔っちゃんで。 本社勤務まではまだ日にちがあったが、憑かれたようにして、根を詰めて働く大輔を心配した所長に五日間の有給を無理やり取らされた。 最後の挨拶回りを終えて店に入ると、すでに宴会が始まっていた。主役を抜きに盛り上がっている。 樹もいた。少しほっとした。来ないとは思っていなかったが、それでもやはり、来てくれたんだと嬉しくなった。最後には笑った顔が見たいと思っていた。我ながら情けない。でもしようがないじゃないか。しばらくは顔も見られないんだから。 いつか樹も本社に来ることがあるだろうか。その時自分はどうしているだろうか。結婚でもして、笑顔で「よう、久しぶり」なんて言えているだろうか。昔のように肩を叩き、頭を触っても大丈夫なぐらいになっているだろうか。 「折田さぁん。遅いですよぉ。こっちこっち」 いつものように、大輔の脳内トリップを斉藤が引き戻す。呼ばれるままに斉藤の隣に腰を下ろした。 軽い挨拶をと言われ、本当に軽く挨拶をする。すでに出来上がりつつあるところで長々と感謝の意を表するほど野暮でもない。すぐに乾杯をして、座はいつもの雰囲気に戻る。 それでも、みな口々に寂しいとか、頑張れよとか声を掛けてくれた。本心なのがわかるから嬉しかった。 「でもさ、一番寂しいのは斉藤君だよね」 ゆで蛸状態の所長がからかっている。 「そうですね〜。仕事では本当にお世話になりましたぁ。寂しいですぅ」と、全然寂しくなさそうな声で言われた。 ちょっとくらいは寂しがれよ。まあ、最後のほうはかなり情けない状態も見せちまったしな。と、苦笑しながらビールを煽る。 「てめ、ちょっとはまじめに言えよ」 「え〜、真面目ですけどぉ〜」 まわりが二人の掛け合いを和んだように眺めている。 「二人のこれも、社では見られなくなるのか。ほんと、寂しいよ、これが俺らの見えないところでやられていると思うと」 「えぇ? なに言ってるんですかぁ?」 「だから、本社と支社でもコンビは続けるんだろう?」 話が変な方向へいっているような気がする。 「そんなことあるわけないじゃないですかぁ」 「またまた。隠さなくてもいいんだよ」 尚も所長が絡んでくる。うちは社内恋愛には寛大だよ。そうだそうだと回りも騒ぐ。 あはあはと笑ってごまかした。そうか、二人はそんな風に見えていたのかと、笑った顔のまま斉藤と見合うと、また、ほーらねと冷やかされた。 具体的な話はまだ? 式は呼んでくれよと、レポーターのようにお絞りをマイク代わりに差し出されて騒ぎが大きくなっていった。ただ一人、静かにビールを飲んでいる男を除いて。 「えー、もしかして、私に出会いがなかった理由って、これだったんですか?」 斉藤が真顔で聞いてきた。 「うそ。私マジで折田さんとは何でもないんですけど!」 思いも寄らない反撃に、みんなが、え? そうなの? とざわめく。斉藤が真剣なのは誰にもわかった。いつもの間延びした口調が消えて、普段の半分のスピードでしゃべっていたから。 「うわ! 失敗した。おかしいと思ったんですよね。この一年間、新人なのに、誰も誘ってくれなかったし。女の子一人なのに、ほんっとうに、誰一人誘ってくれなかったし!」 「い、いや、誘ったよ。ほら、何回も皆で飲みにいったよね?」 赤ら顔をまだらに青くして所長がとりなした。 「みんなで、でしょ? しかもしょっぱい居酒屋ばっかりだったし!」 しょっぱい居酒屋呼ばわりされた酔っちゃんの店主も、女の子の部類に入れてもらえなかったパートのおばさんも、反論できずに斉藤の怒りを見守っている。 「あれれ〜。俺たちてっきり、二人はその、いい感じなのかなって……」 「誤解です!」 みなまで言わせずに斉藤が叫んだ。 「折田さんも、はっきり否定して下さいよ。なにしてたんですか!」 「いや、なにしてたって言われても……俺だって今初めて聞いたし」 だいたい、付き合っていないものを、訊かれてもいないのに、改めて付き合っていませんからと説明してまわるのも、どうなんだ? 「もう、損したぁ。この一年」 ぶーたれてグラスを空ける隣で、まあまあとビールを注いでやる。人生長いんだから、これからいくらでも出会いはあるさと、何で俺がお前の機嫌をとらにゃならんのだと疑問を感じつつ。 |
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