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月を見上げている
26

 大輔の送別会のはずが、斉藤を宥める会に変貌しつつある雰囲気だ。
「第一、折田さんなんか、散々自分の恋バナ聞かせたくせに、美佐がしょうがなくて話を聞いてあげてたんじゃないですか」
 突然の爆弾投下。
 持っていたビールを放り投げそうになった。
「恩を仇で返すってこういうことですねぇ」
 恩って……俺がお前にどんな恩があるって言うんだよ! あんだけ仕事のフォローをしてやってんのに、今まさに仇を返してるのはお前のほうじゃないか!
 案の定、周りがハイエナのごとく、恋バナの一言に群がってきた。
「なになに? 折田君、他に彼女いたの?」
「放っといてください」
「なんだよ〜。言ってくれよ〜」
 言えるか! こんな情けない話。
「それなのにぃ、私との噂をそのままにしとくなんて、ひどいですぅ」
 いや、だからそんな噂知らないって! と、慌てて言い訳をして汗をかく。それなのに、そうだそうだと責められた。
「え? 悪いの、俺?」
「だからぁ、振られちゃうんですよ。うふ」
 おまえぇ! それをここで言うかぁ?
 心の叫びがビール瓶を逆手に握らせた。
 え〜振られたの? 折田〜! そりゃ大変だ〜!
 斉藤の投下した爆弾があちこちで炸裂している。
「斉藤さんは、相手の人を知ってるの?」
「うーんとぉ、よくは知らないんですけどぉ」
 知らないならしゃべるな! お願いだから。つうか、目の前にいるんだってばよ!
「なんだかぁ、やっと部屋までおびき寄せるのに成功したのにぃ」
「おびき寄せるって、折田ぁ、野良猫じゃないんだから」
「自分のことはぁ、忘れてくれって言われたって、もう〜グダグダにへしょげちゃってぇ」
 ……もう勘弁してください。当人がどんな顔をして聞いているのか、怖くて顔が上げられませんので。
 勢いを増した斉藤は、ダイナマイトを体にくくりつけたまま走り回っている。
「この間もぉ、折田さんの失恋記念日にぃ、付き合わされてぇ、さんざん愚痴聞かされたんですよぉ」
「そうかぁ、可哀想になぁ」
 タコ所長が心底同情したように斉藤を慰めている。今一番可哀想なのはその人ですか? 所長。
「やっぱりぃ、前に付き合ってた人の方がいいのかなって、もう、荒れまくりでぇ」
 ……有給取っておいてよかった。
「初恋ってそんなに大事か? って。美佐知らなぁい、そんなの」
 きゃっきゃっきゃっきゃっ。
 ……北海道はまだ、雪が残ってるかな。キタキツネは優しく俺を迎えてくれるだろうか。
 さだまさしをBGMに、北の大地でひとり佇む自分の姿を想像して酒を煽った。
 最近すっかり癖になった脳内トリップを楽しんでいると、ポンポンと肩を叩かれた。所長が今まで見た事のないような、素敵な笑顔で頷いていた。
「いい話が聞けてよかったよ」
 ……今は、蛸より蟹の気分です。

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