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月を見上げている |
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「俺……」 袋を提げたまま樹が話し出した。ビールは出してくれない。 「俺も、あんたが斉藤さんと付き合ってるんだと思ってた」 「え……」 「二人、いつも一緒だし。仲いいし」 「だから、それは……」 「斉藤さん可愛いし。……お似合いだし」 「……久島」 「チョコ、豪華だったし」 「あれは迷惑料だろ?」 「俺の、サイコロだったし」 気にしていたのか。 「よく二人で飲みに行ってて。すげえ、楽しそうだし」 「そうだったか?」 「……うん。この間もなんだか約束してるっぽかったし」 「ああ」 失恋記念日ね。 「俺、男だし」 「知ってるよ」 「あんな……あんた優しいから。俺、つけこむような真似して」 「別につけこまれた覚えはねえぞ」 「つけこんだんだよっ!」 強く握った拳が震えて、コンビニの袋がさわさわと音を立てた。 「……すげぇ、後悔したんだ」 ズキン、と痛みが増す。 「楽しかったのに……。一緒にいられて、楽しかったのに、自分でそれ、壊しちまった」 さっき笑い過ぎて流した涙が、まだ乾かずに樹の頬を濡らしていた。 「だから、忘れようって。あんたの顔見て、なんか言われんのが、怖くて」 「怖かった?」 「うん……怖かった.……怖くて……逃げた」 そうか。怖かったのは自分だけではなかったのか。 斉藤の言葉をもう一度思い出す。 本当だな。分からない、分からないって同じ所をぐるぐる廻ってばかりいて、自分から気持ちをぶつける勇気が持てなかった。 樹の前に差し出していた手をそのまま伸ばし、そっとその頬に触れる。濡れた頬を指で拭きとって、それからゆっくりと引き寄せた。何の抵抗もなく胸元に預けられた重みにほっとして息を吐く。ずっと欲しかったぬくもりだった。 おずおずと、後ろに手が廻されてくる。片手にはビールがぶら下がったままだ。 さっきまで大輔を苛んでいた、どこから来るのか分からなかった痛みが、今は別の疼きとなって大輔を苦しめる。甘い痛みだった。 「……とりあえず、だな」 樹は大輔の胸に取り付いたまま離れない。 「そのビール、床にでも置かないか?」 背中に廻された手が、ぎゅっと大輔のスーツを掴んだ。 「その、やりたいこともあるし」 「……なにが?」 「お前、それを聞くのか?」 頭を掴んで引き剥がそうとしたら、逆に強い力でしがみつかれた。 「おい、ちょっと顔あげろ」 「やだ」 「てめっ。顔上げろよ。キスすんだから」 ますます力を強めてしがみついてくる。耳が紅く染まっていた。 「そういうことを、いちいち言うな」 「嫌だ。いちいち言う」 「なんでっ?」 くぐもった声のまま言い返してくるのが可笑しくて、可愛い。 「俺も大概鈍感だろうけどよ、お前もわかりにくいんだよ。だから、いちいち言う。……な、キスしたい」 「……」 「もう一回言うか?」 「……いい」 尚も蝉のように張り付いたまま離れない。まったく、どこまで頑固なんだか。 それでも望んでいたものを、この腕の中に納められてよかったと心から思う。こうして自分の元へ来てくれて本当によかったと、久しぶりに触れる髪の感触を確かめながら、愛しさを込めて、子供をあやすように何度も撫でてやる。 強張っていた背中から少しずつ力が抜け、丸まってすがり付いていた頭が上がってきて、大輔の顎の下までたどり着く。喉もとの窪みにすっぽりと収まって、小さく息をつくと、またそのまま動かなくなった。 |
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