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月を見上げている
28

「俺……」
 袋を提げたまま樹が話し出した。ビールは出してくれない。
「俺も、あんたが斉藤さんと付き合ってるんだと思ってた」
「え……」
「二人、いつも一緒だし。仲いいし」
「だから、それは……」
「斉藤さん可愛いし。……お似合いだし」
「……久島」
「チョコ、豪華だったし」
「あれは迷惑料だろ?」
「俺の、サイコロだったし」
 気にしていたのか。
「よく二人で飲みに行ってて。すげえ、楽しそうだし」
「そうだったか?」
「……うん。この間もなんだか約束してるっぽかったし」
「ああ」
 失恋記念日ね。
「俺、男だし」
「知ってるよ」
「あんな……あんた優しいから。俺、つけこむような真似して」
「別につけこまれた覚えはねえぞ」
「つけこんだんだよっ!」
 強く握った拳が震えて、コンビニの袋がさわさわと音を立てた。
「……すげぇ、後悔したんだ」
 ズキン、と痛みが増す。
「楽しかったのに……。一緒にいられて、楽しかったのに、自分でそれ、壊しちまった」
 さっき笑い過ぎて流した涙が、まだ乾かずに樹の頬を濡らしていた。
「だから、忘れようって。あんたの顔見て、なんか言われんのが、怖くて」
「怖かった?」
「うん……怖かった.……怖くて……逃げた」
 そうか。怖かったのは自分だけではなかったのか。
 斉藤の言葉をもう一度思い出す。
 本当だな。分からない、分からないって同じ所をぐるぐる廻ってばかりいて、自分から気持ちをぶつける勇気が持てなかった。
 樹の前に差し出していた手をそのまま伸ばし、そっとその頬に触れる。濡れた頬を指で拭きとって、それからゆっくりと引き寄せた。何の抵抗もなく胸元に預けられた重みにほっとして息を吐く。ずっと欲しかったぬくもりだった。
 おずおずと、後ろに手が廻されてくる。片手にはビールがぶら下がったままだ。
 さっきまで大輔を苛んでいた、どこから来るのか分からなかった痛みが、今は別の疼きとなって大輔を苦しめる。甘い痛みだった。
「……とりあえず、だな」
 樹は大輔の胸に取り付いたまま離れない。
「そのビール、床にでも置かないか?」
 背中に廻された手が、ぎゅっと大輔のスーツを掴んだ。
「その、やりたいこともあるし」
「……なにが?」
「お前、それを聞くのか?」
 頭を掴んで引き剥がそうとしたら、逆に強い力でしがみつかれた。
「おい、ちょっと顔あげろ」
「やだ」
「てめっ。顔上げろよ。キスすんだから」
 ますます力を強めてしがみついてくる。耳が紅く染まっていた。
「そういうことを、いちいち言うな」
「嫌だ。いちいち言う」
「なんでっ?」
 くぐもった声のまま言い返してくるのが可笑しくて、可愛い。
「俺も大概鈍感だろうけどよ、お前もわかりにくいんだよ。だから、いちいち言う。……な、キスしたい」
「……」
「もう一回言うか?」
「……いい」
 尚も蝉のように張り付いたまま離れない。まったく、どこまで頑固なんだか。
 それでも望んでいたものを、この腕の中に納められてよかったと心から思う。こうして自分の元へ来てくれて本当によかったと、久しぶりに触れる髪の感触を確かめながら、愛しさを込めて、子供をあやすように何度も撫でてやる。
 強張っていた背中から少しずつ力が抜け、丸まってすがり付いていた頭が上がってきて、大輔の顎の下までたどり着く。喉もとの窪みにすっぽりと収まって、小さく息をつくと、またそのまま動かなくなった。 

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