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続・月を見上げている |
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爽やかな新緑の下、小さな教会で姉と幼馴染の結婚式が行われた。 笑顔に満ち溢れた二人は、この上なく幸せそうだった。花嫁は綺麗だったし、親も友人達も心から祝福した。周りに冷やかされながら、前と変わらない、少し困ったような、照れたような笑顔をした花婿に、素直に「おめでとう」と言える自分が嬉しかった。本当に幸せになって欲しいと心から願う。 式の後、花婿の友人の持つレストランでのささやかな、それでも心のこもったパーティーに出席した後、両親と家に戻ったのは、夕方というよりは夜に近い時刻だった。 式服を脱いで、疲れているだろう両親に、労いの意味でコーヒーを入れてやった 父親は緊張が解けた顔でコーヒーをすすり、母親は式までの苦労だの、ドレスが大変だっただの、天気が良くてよかっただのと、興奮してしゃべりまくっている。でもいい式だったわねと、最後に言って笑った顔は少し疲れたようだった。それでもあまりしんみりとした雰囲気にならないのは、新婚旅行を終えたら、二人はそのまま隣家に帰って来て、そこで新しい生活を始めるからだとわかる。 姉夫婦が近くにいてくれていてよかったと思う。自分は両親に、今日のような幸せを与えてはやれないのだから。 この家に住んでいた時からの定位置に座って、コーヒーを飲みながら、大輔はどうしているだろうかと考える。 樹が出掛けてしまった後、一人で街をぶらつくと言っていた。夕飯時は過ぎている。ホテル以外の何処かでとったのだろうか。 昨日、空港から向かったホテルの部屋は、普通のツインルームではなく、セミスウィートだった。樹をロビー近くの喫茶室に待たせておいて、一人でチェックインを済ませ、後から携帯で部屋番号を知らされた。 「だってよ、男二人でこの部屋に案内されて入るわけにはいかないだろ?」 手馴れた様子に胸がざわつく。こいつ、いつもこういうことをしてるんじゃないか? 樹の気持ちを見抜いたように、大輔が笑った。 「なんか疑ってるようだけど、俺だって初めてだからな。こういう部屋に泊まるのは」 本当にこういう時だけこの男は敏感だ。前のとき、ベッドの引き出しからコンドームを出したときも、同じように笑っていた。 「お前が英語だ、セミナーだっていって勉強している間に、俺だっていろいろ調べたんだよ。暇だったからな」 通販で潤滑剤も買ったんだと、また恥ずかしいことをへらへらと告白してきた。 「だから、そういうことを、いちいち言うなって!」 この男はまったく、羞恥心のかけらもないのかと抗議しようとしたら、その場で抱き寄せられた。 「無駄にならなくてよかった」 包まれた腕の中で、抗議の言葉が溶けて無くなっていく。 樹がたった一度と誘った行為に、この男は真剣に応えようとしてくれたのだと思い知る。同情心につけこんだと、自分を責めて後悔し、勝手に斉藤さんとの事を誤解して、一人傷ついて大輔を避けていた間も、なんとかしようとしてくれていたのだ。 そんな大輔を傷つけてしまった申し訳なさと、失わずに良かったという安堵とが、ごちゃ混ぜに樹の胸に去来して切なくなる。 不器用に、それでもまっすぐに向かってきてくれる気持ちに応えたくて、大きな背中に腕を廻した。意地っ張りな性格は、素直な愛の言葉を紡ぎ出せない。それでも精一杯廻した腕に気持ちを乗せて、抱きしめた。 「……会いたいな」 醒めてしまったコーヒーカップを包んだまま考えた。明日になれば会えると分かっていても、今、会いたい。本当に我慢がきかなくなったと苦笑する。あいつのせいだ。 コーヒーを持ったまま自分の部屋へと上がって、電話をかけた。三度のコールで相手がでた。 『よう。無事終わったか?』 「うん」 今朝別れたばかりなのに、その声に懐かしさが込み上げてくる。 「今、なにしてる? 外?」 『いや、部屋。ちょっと横になってた』 「飯は?」 『昼はラーメン食った。ホテルの人に薦められた所。旨かった、とんこつが』 「なんで北海道に来てとんこつなんだよ?」 『だって、それが旨いって言われたんだよ』 他愛のない会話が楽しい。 『……で、式はどうだった?』 「うん。いい式だった」 『……そうか』 「花嫁綺麗だった。俺に似て」 『っはは。そうだろうな。今想像した』 「すんなよ」 ははっと、また笑ってしばらく沈黙する。 「夕飯は? これから出掛けるのか?」 『ああ、もうちょっとしたらな。近くにある居酒屋で軽く飲みながら食べる』 「……そっち、行こうか?」 会いたい。声が自然と甘くなる。 『……そういう可愛いこと言うな』 「別に可愛くない」 『せっかく帰ったんだ。ご両親と食べろ』 「……」 会いたいのに。 『明日、楽しみにしてる。今日一日孝行しろ。一日ぐらい我慢できるだろ?』 出来ないって言ったら? 『それに、飯なんか一緒に食ってみろ。……帰したくなくなる』 電話の向こうの声が深くなって、体の奥が熱くなった。それでもいい。帰らなくたって。だって、昨日も…… 『な?』 昨日も最後までしなかったじゃないか。明日大事な式だからって。 足りないんだ。 飛行機の中からずっと、我慢させられて、ホテルでも散々されたけど、何度もイカされたけれど、もうそれだけじゃ充たされない。深く繋がりたい。大輔を体の奥で感じたい。そうしないと、もう駄目なんだ。こんな風にしてしまったのは誰なのかと、恨む気持ちが湧き上がってくる。 「……我慢したら」 『ん?』 「今日一日我慢したら……明日は……」 声がそれと分かるほど、情欲にまみれて掠れてくる。 「……してくれるのか?」 愛してくれるのか? めちゃくちゃによくしてくれるのか? 抱いてくれるのか? 『……おまえ……』 相手が電話でよかった。昂ぶりきったこの顔を見られなくて、よかった。電話の向こうで息を呑む様子が窺える。 いや、見せたいのかも知れない。発情している自分を晒して、襲いかかって欲しいのかも知れない。相手がそういう自分の姿に興奮するのを樹は知っている。 電話の向こうで固まってしまった相手に、昨日までの欲求不満をぶちまけて、いつも好き勝手やっているお返しだと、少しだけ勝ったような気持ちになった。 「わかったよ。じゃあ、明日な」 ケロッとした声を出して笑ってみせる。 「……てめぇ、明日覚えてろよ」 ああ、明日が楽しみだ。 |
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