INDEX
続・月を見上げている
3
 翌日も晴天だった。
 札幌市内でレンタカーを調達して、ドライブをしながら、予約した宿まで走る
 一泊だけの滞在に、母親は少し不満そうだったが、もともと淡白な息子に諦め顔だった。友達と小旅行をしてから帰ると告げると、今度は彼女を連れて来なさいよと、軽く笑われて、気弱な笑顔を返すことしかできなかった。
 ゴールデンウィーク中で、車が多いことに驚いたが、それでも都心に慣れてしまった今は、渋滞なく走るまっすぐな道が心地よかった。
 樹はもちろん地元だし、大輔も北海道はもう何度も来ている。観光名所へ寄ることもなく、適当に車を走らせては休憩して、景色を楽しんだり、昔家族で寄った店に連れて行ったり、食事をしたりした。
 どこへ行っても楽しかった。お互いの旅行の体験談をし、あそこが旨かった、ここが綺麗だった、あの公園で転んだなどと、樹は自分でも吃驚するほどよくしゃべった。いつもは茶々をいれるのを忘れない大輔だったが、今は大人しく樹の話を聞きながら、ハンドルを握っていた。
「疲れない? 運転変わろうか?」
 いつもより幾分口数の少ない大輔に助手席から声を掛ける。
「いや、こんな風に思いっきり走れるのはめったにないからな。楽しいぜ」
「ならいいけど」
「お前こそ、あちこち移動して疲れたんじゃないか?」
 視線を前にむけたまま大輔が言った。
「全然。昨日もぐっすり眠れたし」
「そうか、眠れたか」
 声の底に安堵が見える。心配していたのだろうか。
「なんだ、そっちは眠れなかったの?」
「そりゃ、お前、電話であんな声聞いちまったら、寝るどころの騒ぎじゃないだろ」
 憮然として、昨日の樹の煽ったような会話を持ち出す。
「何の話だ?」
「お前なあ」
 心底弱ったような声を出されて、にやついてしまうが、聞こえなかった振りをして「次どこ廻ろうか」と聞いてみる。
「もうこのまままっすぐに宿へ行く」
「もう?」
「そう、もう」
 チェックインは三時のはずだから、このまま行けば、それぐらいの時間にはなるだろう。でも、宿に着く前にあちこちドライブしようと言ったのは大輔だ。その予定で夕飯は宿で取らずに、朝食だけの予約になっている。
「昨日はそのつもりだったが、気が変わった」
 変わった原因は、たぶん、いや絶対に樹の昨日の電話だ。
「本当は今すぐにでも、その辺に車止めて、やっちまいたいところだが」
 相変わらず言葉を飾ることをしない。
「……獣なみだな」
 とりあえず切り返す。
「おうよ。今ならヒグマにも勝てそうだぜ」
「素手で鮭を獲れそうだ」
 ザブザブと川に入って、鮭を飛ばしている大輔を想像して笑った。
「でも、そんなんじゃ、駄目なんだろ?」
 何が? と聞きかけて、意味を悟ってかぁっと顔が熱くなる。
「言っている意味が分からない」
 助手席に深く腰掛けて、窓の外に向けた顔を見られないようにした。
「そうか。後で教えてやる」
 楽しそうだ。昨日の仕返しをされている。悔しさに唇を噛んだが、その先のことを考えると、もう言い返すことも出来なくなった。
novellist